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ifca showroom代表インタビュー 齋山陽子

ifca showroom代表インタビュー 齋山陽子

ifca showroom代表の齋山陽子へのインタビューを通じて、今輝いているifcaの魅力、そしてifcaのリアルな姿を感じ取ってください!

ifca showroomの顔、代表の齋山陽子氏。個性あふれる着こなしと、会うたびに変わる髪の色、そして無邪気な笑顔…いわゆる日本人のスタンダードとは違う、枠にとらわれないルックスは、彼女の名刺のようなもの。外見だけでなく、いや、それ以上にマインドも行動もビジョンも自由。そんな齋山氏は多くのプロジェクトを輝かしい成功に導いてきたifcaの中心人物だ。

ifcaに辿り着くまで~伝わることによって、伝える人も伝わった人もハッピーになる関係性を求めて。

「ifcaに参加して、早くも7年。こちらに辿りつくまでに、いくつかの会社を経て来ました。人に何かを伝える仕事に就きたい―――それは学生時代から決めていたことなんです。留学で訪れたスペインやメキシコ、キューバといった国々で、私が一番おもしろいと感じたのが、ジャーナリズムの部分でした。たとえばキューバは当時、情報制限があった時代。情報の重要性を痛感する場面が幾度もありました。情報操作のようなものもあれば、伝え方によって情報をプラスに捉えることができたり、伝わることによって、伝える人も伝わった人もハッピーになる関係性を見たり。そういうこともあって、大学を卒業したら〝伝える〟仕事に就こう、という想いは強く持っていましたね」

―最初に入ったのは「伝える」にはうってつけの新聞社だった。

「私の最初の仕事はスポーツ新聞で広告の部署でした。でも、何かを伝えたい、という気持ちは引き続き持っていたんです。試合が勝った負けたというニュース的な要素だけでなく、たとえば選手のストーリーのような、奥行きがある部分に触れたい、というような。ちょうど、私がいた広告部署が独立して、広告以外のこともできるようになったんです。チャンスですよね。私は媒体を作りたいと名乗り出て編集長になりました。『我流』と名付けた、朝日、読売、日経の3誌に折りこまれる30万部の新聞です。就職して1年目…ずいぶん思いきりましたよね。広告も自分で取ってきて、自分が思ったこと、感じたことの世界観を見せたくて、記事も書きました。どうしてもこれはやりたい、お願いします! という私の熱意を汲んで、齋山さんがそこまで言うならやるよ、と言ってくれるクライアントに出会ったり。1号発行して終わってしまったけれど、あのときの経験は大きな財産になりました」

―その後、いくつかの会社を経て経験値を高めながらキャリアと人脈を築き上げていく。

「転職先は、LVMHグループや、ロレアル、ポルシェなどを扱うラグジュアリー専門の代理店。偉大なプロデューサーのアシスタントとして、ラグジュアリーのオークションや、マンダリンオリエンタルホテルのオープニングなど、華やかなイベントを取り仕切りました。社長はドイツ人で、社員もアーティスト肌の面白い人が多くていろいろ勉強になりました。そして、博報堂専属のプロデューサーとして次の会社に転職。そこではTOYOTAや資生堂、auなどを担当。ミシュランガイドの日本上陸、小山薫堂さんが発起人となった『スマートドライバープロジェクト』…。プロモーションのキャンペーンやイベント、ツール制作、動画制作など、プロモーションと広告との掛け合わせが、私の中で初めて少しずつですがつながるようになっていきました。クライアントには大変恵まれていて本当に充実した日々。すばらしいチームで仕事をしていましたから、カンヌ広告賞やエミー賞など、三大広告賞とよばれる賞もいただけたりして。チームで頑張ること、達成すること、それぞれとても勉強になりましたし、さらにそれをどうやって見せたら海外の人に評価してもらえるか、肌で感じられたのも収穫。受賞したときに、おめでとう! と言い合ったりしながら、評価されたことやチームの一員になれたことが誇らしくうれしかったですね。当時、携帯は2台以上持っていて、それぞれがずっと鳴り止まないなど、多忙を極めていました。夜中の1時、2時まで打ち合わせをして、そのあとクラブへ行ったり、いろんな業界の方と麻布や六本木で飲んだり。そして明け方また仕事に戻る…(笑)。若かったこともありますが、精力的でした。思い返すと、その時代の飲み仲間たちは、私だけでなくみんな命削って仕事していた。そこで、真剣にやってた仲間を得ることができましたし、大きな糧となりました。でも、私がいちばん好きなのは、やっぱりファッション。いちばん好きなことにフォーカスしたらどうだろうと、ファッションやライフスタイルに強いPR会社ということで、ifcaに入社したんです」

さまざまなキャリアを積んだ人材が集まるifcaだからこその強みがある。

「PR会社から店頭での販売、プレス業、WEB、TV PR…今のifcaのショウルームには、さまざまな分野でキャリアを積んできた人材が集まってきています。それぞれが何か得意分野を持っていてくれているので、そこから私が学ぶことも少なくありません。私の今の肩書きはifca showroom代表、つまりショウルームの顔。でも、ひとりで仕事を推し進めるより、チームに属してプロジェクトを担当することが多いんです。異なるキャリアの持ち主同士を掛け合わせることで、おもしろい発想が生まれたりする。相乗効果を私自身楽しみながら仕事していますね。一般的なショウルームは、モード系、ストリート系、というようにジャンルで分けているところが多かったのですが、うちはテイストもアイテムもいい意味でぐちゃぐちゃ。最初からライフスタイルに軸を置いていました。10年前は亜流だったかもしれませんが、やっと時代が追い付いてきた感じがします。もともと、ifcaの母体であるPA Communicationは、日本のブランドを世界に、世界のブランドを日本に、広めていくことを目的として経済産業省とプロジェクトを展開していたこともある。そういった経緯もあってグローバルなブランドと、日本のブランドが混在しているんです」

―ブランドごとに必要な処方箋を作れる、それがifcaの強み。

「ifcaは何をする会社なのかと言ったら、基本的にはPR会社と答えますが、そのアプローチの仕方は案件ごとに違います。市場がざわめく瞬間を作る、というのが私たちの目標です。扱っているのは常に40~45ブランドほど。通常のショウルームが行う、媒体掲載を目的としたPR業務はもちろんですが、2割程度はコンサルティングビジネスになります。商品企画から見せ方のコンサルティングやVMD的な関わりもしますし、たとえば直営店のオープニングのときにテレビの取材を入れたり、ソーシャルやインフルエンサーを使ったPRも考えます。ファッション系と広報系を同時に行うPR会社というのはそれほとんどないのですが、今は時代的にも一緒にしてしまったほうが圧倒的に強い。リブランドしたい、売れるようにしたい、売れすぎていて迷っている…ブランドごとに問題を抱えています。悩みを聞き、伸び代を見つけてアドバイスをするのが仕事。私が合う得意先もあればそうでない場合もあるので、最適なマッチングを図るのも重要だと考えています。商品ごと変えてしまおう、商品はすばらしいからPRに力を入れよう、PRもすごくいいから広告も仕掛けよう、というように、さまざまなアプローチができるのは、広報PRのキャリア、ファッション系PRのキャリア、代理店のキャリア、ブランド側のキャリア…いろんな立場にいた人が集まっているifcaの強みであり、仕事内容なんです。齋山ブランドでやってみる方向性もあるけど、私は組織に属してチームで仕事していたい。何より若い人から色んな世代の仲間と触れ合って企画を一緒に考えることが楽しい。それから、会社員の限界を知りたい、というのも大きいんです。労働環境は、日本は世界的に見ても後進国。同じ時間に出社して、同じ服を着て、同じ机に向かい、執務中にゆっくりする時間もない。日本は大変な国、と思われているんです。それをどうにかしたいな、というのは私がずっと考えていること。もちろん、私ほど自由に働ける環境の人はそうそういないとは思うのだけど、部分部分を真似してもらえるような、そんなモデルケースになりたいんです。ファッション業界においても、女性の役員や経営者はとても少なくて。女性が生き生きと、性別関係なく働ける環境を作りたいんですよね」

2年前から始めたLAと東京とのデュアルライフ。

「少し前から計画していたLAとのデュアルライフを、2年前から実行に移しました。PA Communicationの代表の曽原に相談してみたところ、『今までの生活と何が違うの?』と、拍子抜けするほどあっさり了承してもらえたんです。確かに、それまでも、バイイングやプレスツアーで日本を離れることが多かったし、ちゃんと会社にいられるのは週一くらいということも多かった。今は一か月ずつLAと東京とを行き来するペース。私の強い存在感のあとで、クライアントを引き継いでくれている子たちはみんな大変そうでしたが、最近はみんな頑張ってくれていて、試練を乗り越えた成長を実感します。ずっと日本にいられないデメリットももちろんありますが、そのぶん、アメリカで得た情報を得意先に落としたり、新しい世界を知ることができています」

―LAは"IT CITY” !

「子供のころから海外旅行も多く、留学経験もありましたけれど、海外で仕事をするということには強い抵抗があったんです。でも、プレスツアーや撮影など、仕事で海外を訪れる機会が増えるうちに、その抵抗感は薄れていきました。LAを意識し始めたのは、仕事でコーチェラのフェスを取材したのがきっかけ。気候がよく、天気がいい。人も、真剣に仕事をするときと抜くときのバランスが上手。街全体にアスレジャーとしてスポーツが浸透しているし、世界の〝IT〟都市(イットシティー/今一番熱い都市) と呼ばれるのがわかります。異常気象のおかげで四季ができ、ファッション偏差値がグンと挙がっています。もう以前のような白Tにデニムで一年中いられる気候ではない。だからこそ、レイヤードの着こなしも映えるようになり、オシャレ度が高まっているのです。インフルエンサーの多くがLA在住なのもうなづけます」

―昨年末から、LAではクリエイティブディレクターの仕事がメイン。

「デュアルを始めた当初、基本的にはインプットにあてようと思っていたのがLA時間。でも、CIAというクリエイティブエージェンシーに声をかけていただき、クリエイティブディレクターという肩書きでコンサルティングメインで時間を使うようになりました。正直、それまではLAと日本の仕事をどうやってやったらいいのか模索していて、特に最初の1年はかなりもがいていました。このCIAの仕事をするようになってから、自分の中でスイッチの切り替えがうまくできるようになりましたし、仕事が急激に増えた。移住当初はアメリカと日本の働きかたの違いを実感していたので、実現は難しいと思っていたのが正直なところ。具体的に言うと、アメリカでは何かに特化したスペシャリストが強く、日本のような全体を見ながら進めていく仕事の考え方とは違うということがあります。今、実際にデュアルで仕事することによって、ifcaでは、プロジェクトの全体を見る立場、CIAではコンサルティングとクリエイティブディレクションにフォーカス、と、すごくバランスのいい状態が保てるようになりました。グローバルで評価されるためのスペシャリストの自分をちゃんと担保する、という部分に、LAでの仕事は大変役立っています。私のスペシャリストの部分を伸ばしてくれているのは、CIAでのクリエイティブディレクターの仕事なんです」

―ifcaでの目下の大プロジェクトはBershka。

「ifcaのビッグクライアントといえば、ZARAを擁するインディテックスグループの『Bershka』。地道にやってきたことがやっと実を結び始め、手ごたえを感じています。ニューバランスの直営店プロモーションやリーボックの店頭、ミレー、ミズノなど、スポーツアクティブや最近はミルボン、ヤーマン等のビューティーの企業からのお声がけも多いです。私は基本的に10~15のプロジェクトを一緒に走らせている状態が、いちばんバランスがいいんです。それ以上だとパンクしてしまうし、それ以下でもダメ。時代がライフスタイルに動いてきていますから、服だけ、スニーカーだけ、ドリンクだけ、とういうような単体売りではなく、相乗効果で伸ばし合っていく必要がある。そのためには複数のブランドを担当し、ある程度の情報を持っている状況が欠かせませんね」

若い世代の話を聞く、それができることが自分の強み。

「アイディアをすぐに言える人、直観力が強い人、素直な人。どのトップに聞いてもそうかもしれませんが、いつも欲しているのはこんな人材。ただまっすぐな素直さはダメ。風が吹いたら一緒にしなやかに揺れられる人が、活躍する時代です。ifcaは平均年齢が27,28歳と若い会社。彼女、彼らの話はとても魅力的。思いもつかなかったようなアイディアがあふれ出てくるんです。私の強みがあるとしたら、それはきっと若い世代の声にも耳を傾けられること。人って、年齢や経験を重ねるほど、自分の必勝パターンを作ってしまいがち。でも、若い子にはまだそれがないから、思いもつかなかったようなことを気付かせてくれるんです。ファッションに関しても今の子たちは楽しんでいないように言われがちですが、決してそんなことはない。私から見れば20代の子たちはすごくおしゃれ。こんな時代でお金もない中で、ヴィンテージをMIXしたり、新しいブランドを見つけたりして、みんな一生懸命楽しんでいるんですよね。上の世代の方々のことはもちろん尊敬していますし、経験値も分けていただきたいからいっぱい話をうかがいたい。それと同じように、もしかしたらそれ以上に、若い子たちの話からも学びはいっぱいある。時代は流れているもの。その流れに乗っている人、今のリアルを知る人をキャッチアップしていきたい。それは誰かといったら、20代の若者なんじゃないかな、と思うんですよね。」

―常に市場と同じ目線であり続けたい。

「よく、今後どうなりたいかと聞かれるけれど、自分も会社も、今の延長線上にあり続けたいんです。ライフスタイルを常に追っていきたいんですよね。今から見る未来、未来から見る未来―――決して上から目線でも、下から目線でもなく、市場のユーザーと常に同じ目線を持ち続けるのが理想。常に肝に銘じているのは、時代との答え合わせができなくなったら終わり、ということ。時代と一緒にしなやかに揺れ続けていきたいですね。
今、提携できる託児施設を探しているところです。女性がもっと働きやすい状況を作りたいので、働き方も見直していきたいと考えています。まだ予定はないですが、いつか結婚し、母になれば、また別のライフスタイルが見えてくるのではないかとワクワクしているんです」

2017年6月 表参道ifca showroomにて
文・取材 西道倫子/写真 真板由起

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