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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2017/09/21】


    70年代を代表するグループSteely DanのWalter Beckerが永眠。

    2017年9月3日のことである。

    折しも、片割れのDonald Fagenが9/23-24に開催されるBlue Note Jazz  Festivalに

    ヘッドライナーとして参加することになり、来日間近ということでSteely Danの注目度も高く、大きな衝撃を投げかけた。


    そしてなんと、9/14にそのDonald Fagenが急病により来日不可となりBlue Note Jazz Festival自体も中止となる前代未聞の顛末となり、さらに波紋が広がるのであった。

    因みに自分は9/22の名古屋公演と9/23-24Jazz Fesと3日連続でFagenを堪能する予定であっただけに、その虚脱感は強烈だった。


    推測ではあるが、長らくパートナーであったWalter Beckerの死が何らかの影響を及ぼしたのは間違いないであろう。



    Steely Danは1972年「Can't Buy A Thrill」でデビュー。

    3枚目まではバンド形態をとっていたが、徐々にセッションミュージシャンを起用することが増え、4枚目からはDonald Fagen、Walter Beckerの2人だけとなる。その後はその都度有名セッションミュージシャンを起用する形態となる。live活動も止めてロックバンドという概念からは卒業してしまった。


    1977年に出た「Aja」では6人の有名ドラマーを使い分ける等、贅沢なミュージシャンの起用と完全なスタジオワークにより今でも伝説的な傑作アルバムとして評価を得ている。


    1980年に一度Donald FagenとWalter Beckerはコンビを解消しSteely Danは解散。

    20年の時を経て2000年に再結成し「Two Against Nature」はグラミー賞をも獲得した。


    ロックの範疇ではあるがジャズをベースとし、ブルース等も加味しながら唯一無二の妥協を許さない完璧主義の音楽世界を創り上げた功績は計り知れない。


    1980年の解散の原因はWalter Beckerのドラッグにあると言われ、解散後彼は治療のためハワイのマウイ島に移住してしまう。

    Walterと決別したFagenは1982年に傑作ソロアルバム「Night Fly」をリリース。

    もはやWalter Beckerはいなくても大丈夫、と言う声があがることもあった。


    しかし、全てにあまりにも完璧を目指しすぎたFagenは精神的な不調でスランプとなり、1993年のソロ2作目「カマキリアド(Kamakiriad)」までの約10年間は目立った活動をすることはなかった。


    この2作目のプロデュースを疎遠になっていた旧友Walterに依頼することで2人のコラボレーションは再開する。


    それ以降、今に至るまで20数年間、再開したLive活動や2作の新作等、パートナー関係が続くことになる。

    初期のSteely Danの約10年を加えると、30年以上の強固なパートナーシップを継続したことになる。


    Steely Danのオリジナル曲の全てがこのパートナーシップによるということが2人の絆の証となるだろう。

    作曲家チームであり、バンドメートであり、プロデュースチームであり、これほど濃密で継続的で強力なコンビは他を見回しても見当たらない。


    推測するにDonald FagenにとってWalter Beckerは仕事を超えた人生のパートナーで、ある意味では家族さえもを超えた精神的な支えであった気がする。


    今回の一連の出来事は、そのように理解することにしている。


    RIP Walter Becker、そしてDonald Fagenの回復を祈りつつ。













    【2017/09/10】


    8月に最終面接を終え、2人の2018新卒内定者が決定しました。

    9月より2人共元気にインターンとして出社しています。


    今年は自分は面接には前面に出ないで、管理職の2人に任せることにしました。

    弊社で新卒採用を開始して7年目となります。

    内定者は合計11名。

    退職してしまった人もいるが、みんな弊社で活躍してくれたと思う。


    弊社の方針は一刻も早く現場で働いて、年功序列ではない少数精鋭の組織の中で好きな

    仕事で活躍して欲しい、ということ。


    入社3年でマネジャーに昇進した人もいるし、1年目で自分の力で仕事を獲得した人も

    いる。

    建前ではなく本音の環境で、できる人は若くても活躍できるようにしたい。


    今年のインターン2名も弊社の重要クライアントの展示会に参加したり、メディアのキャラバンに同行したりと、例年よりもさらに早くスタートしています。


    4月からの本格的な活躍に期待しています。


    【2017/08/08】


    今年はBlue NoteやCotton ClubのようなClubでLiveを観ることが去年以上に増えた。

    武道館でやるようなロック系のアーティストで魅力的なものが減ったこともあるし、最近新しくなったジャズのムーブメントへの関心が高まったこともある。


    4月にSnarky Puppyを観に2回、Blue Noteに足を運んだのを皮切りに

    5/2  DAYME AROCENA(Blue Note)

    5/4  Judith Hill(Billboard)

    5/25  Stanley Clarke(Blue Note)

    6/7  Maria Schneider(Blue Note)

    6/8  Sting(武道館)

    6/14  Bill Lawrence(Cotton Club)

    とJazz/R&B系と言えるようなジャンルのLiveが続いた。


    DAYME AROCENAはキューバ出身の女性シンガー。ピーター・バラカンさんが主催するLive Magic!で観て魅了されたが、それ以来の来日となる。まだ若いがアリーサ・フランクリンのような貫禄を身につけたど迫力。ジャイルス・ピーターソンのプロデュースでデビューしたので、クラブ感覚もあり今後の期待できる新星だ。


    Stanley Clarkeはジェフ・ベック等、ロック界との交流でも知られるスーパーベーシスト。最近では上原ひろみとのプロジェクトでグラミー賞を獲得している。ベテランだが若手のミュージシャンを起用しているが、皆素晴らしい。ルスラン・シロタというキーボード担当はウクライナ出身でTwitterでやりとりしてくれる程親しみやすいナイスガイだが、鍵盤のテクニックはすごい!


    MARIA SCHNEIDER ORCHESTRAは初めて観るジャズオーケストラという形態を堪能させてもらった。メンバーにはデビッドボウイの遺作でも知られるサックスのダニー・マッキャスリンも含む20人近くの大所帯。女性のMaria Schneiderが指揮者であり作編曲家でもある。


    そして、Snarky PuppyのキーボードプレーヤーのBill Lawrence。Puppyのメンバーで唯一のイギリス出身だけあって、ヨーロピアンなメランコリックなピアノを聴かせる一方、持ち味のプログレ風味の鍵盤も展開。4人編成ながらパーカッションプレーヤーがいて、ヨーロピアンながらラテン風味と言う彼らしい音作りもまた素晴らしく。公演後にビルと立ち話。マイケル・リーグもだけど、ビルも気さくな人なのだった。


    そして表題のBecca Stevens at cotton club (7/22)
    新作Reginaを中心にSnarky Puppy のアルバムでも披露したI askedやStevie WonderのAS等のカバー。とにかく素晴らしい歌声と歌唱力に圧倒されつつも、可愛い仕草に好感度もアップ。枕草子やら清少納言やら日本語も飛び出した。ラストはDavid Crosbyとの共作「The Muse」、アンコールはJoni MitchellのHelp me。ジョニの曲をこんなにカッコよく堂々と歌いこなすシンガーは中々いない。クロスビーからジョニという流れに、70sフォーク・ジャズの継承者はBeccaに決まり、と思いつつ家路についた。


    ジャズ、ロック、フォーク、ブルース、ヒップホップ、ファンク様々なジャンルを音楽界は便宜上に作ってきたが、今や境界線は曖昧となり、続々とミュージシャン達は越境し、もはやジャンルが不要になってきている。

    その中でもジャズをベースに他のジャンルとのミックスを打ち出すミュージシャンが面白い。

    シーンの中心はSnarky Puppyであり、リーダーのマイケル・リーグが運営するGround Upレーベルである。

    Becca StevensもGround Upに移籍しての新作。

    大物ではフォーク・ロックの元祖David Crosby。70歳を超えてもまだ元気いっぱいで、Ground Upからマイケル・リーグのプロデュースで作品を出したのは記憶に新しい。


    70年代からフォークとジャズの融合を図ってきたDavid CrosbyやJoni Mitchell。彼らがこのシーンの現役からリスペクトされるのは当然の流れか。


    9月にはBlue Note Jazz Festivalが開かれるので、目下これが最大の楽しみ。

    70年代からロックとジャズの融合を図ってきた大物ドナルド・フェイゲン。カマシ・ワシントン、グレゴリー・ポーター、上原ひろみ等々。

    ジャンルを超えた越境者の祭典となるのは必須である。










    【2017/05/30】

    Gregg Allman(Allman Brothers Band)が27日、ジョージア州サバンナの自宅で死去、69歳だった。


    28日の朝、Ringo Starrがこのことを報じるTweetを見て、我が目を疑った。

    そして、次々と彼を追悼する多くのミュージシャンのSNS上でのメッセージ。

    自分も現実として受け入れるしかなかった。


    Gregg AllmanのLIVEを観たのはただ1回。

    91年の初来日での中野サンプラザで開催されたAllman Brothers Bandの公演だった。

    再結成しすでに全盛期を過ぎての来日だったからか、彼らにしては随分小箱での演奏となったが、逆に間近に観られて幸運だった。

    それまではそれ程のファンでもなく、GreggよりもDickey Bettsのカントリーフレーバーに魅かれている程度だった。


    それがマッシュルームのサイケな画像が延々と続く70年代風味たっぷりな演出にやられ、そしてGreggのソウルフルでブルージーな白人の域を超えたボーカルにすっかり魅了されてしまった。その後は敬遠していたFillmore EastのLIVE等、初期の名盤を聴き漁り、あっという間にAllmanフリークになってしました。


    当時のメンバーは、Gregg、DickeyにJaimoeと今年の初頭に逝去したButch Trucksのツインドラム。この4人のオリジナルメンバーに加えて、2014年の活動休止まで活躍したギターのWarren Haynes等でかなり強力なメンツであった。

    その後にDickeyが抜けてButch Trucksの甥であるDerek Trucksが入り、2000年代には第二期の黄金期を迎えることになる。


    1969年から2014年までの長い間、紆余曲折を経てバンドを存続させ、惰性ではなく2000年代もジャムバンドの走りとして充実したLIVEを続けられたのものGreggの尽力あればこそ。


    後にストーンズのキーボードとなるChuck Leavell(1972-1976, 1986)や現在はGOV'T MULEのWarren Haynes (1989-1997, 2000-2014)等、次々と若手を抜擢しバンドを存続させてきた。

    その代表格は今やスーバーバンドに成長したTedeschi Trucks Bandを率いるドラマーButchの甥Derek Trucks。

    1999年に10代で参加し天才ギタリストとして、Greggの兄Duane Allmanの再来と言われた。Derekという名前がDuane Allmanが参加したEric ClaptonのLaylaを生んだDerek&Dominosから取られたことから考えるとまさにギターの申し子である。


    そして、兄Duane Allman在籍時に1971年に録音された「At Fillmore East」はロック史に名を残すLIVEの名盤となった。


    参加メンバー

    Duane Allman – lead guitar, slide guitar
    Gregg Allman – organ, piano, vocals
    Dickey Betts – lead guitar
    Berry Oakley – bass guitar
    Jai Johanny Johanson – drums, congas, timbales
    Butch Trucks – drums, tympani


    ここで聴かれるGreggのボーカルの凄まじさと白人でありつつブルーズを熟知した唱法。

    そして、Duane Allmanのslide guitarと変則的なリズムを展開するツインドラムの合間を縫って、Greggの鬼気迫るオルガンプレイも聴くことができる。


    ロックがロックであった時代、そしてブルーズ、ジャズ、カントリー、ソウルと凡ゆるアメリカンルーツミュージックを飲み込んでロックを新たな高見にのし上げた、20代の若者たちをリスペクトしたい。




    【2017/05/16】

    近頃はめっきり海外には行かなくなった。

    創業の頃は毎月のように海外出張があり、ロンドン、ニューヨーク、パリという定番の都市から、アフリカ、ベルギー、オーストラリア、ベルリン等々まで世界中を巡っていた。

    インターネットも発展途上でホテルの接続で四苦八苦したものだった。


    最近はもっぱら国内に旅行に行く。

    予算も時間も節約できて、日本史好きだから国内の景勝地を巡っている。


    連休は北海道新幹線を利用して、陸路で初めて北海道(函館)を訪問した。

    約4時間の旅だが文庫本を読み、駅弁を食べていればすぐ着く感じだ。


    そして今回の目的地は五稜郭。

    五稜郭タワーから見下ろした雄姿。


    新選組の副長として知られる土方歳三の最期の地としても人気がある。

    当時は函館ではなく箱館と言われていた。


    榎本武揚が樹立した新共和国に土方は賛同し、新政府軍と最後まで戦うことになる。

    和装で知られる新選組だが、これに参加することであの有名な洋装の土方歳三の写真が

    後世に残ることになる。


    この星型の異形は、西洋の軍法に基づいた攻めにくい形状であるようだ。


    地元の温泉に夜景や海産物とリーズナブルな満喫できる函館はオススメである。





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