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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2018/02/21】


    2月19日『GOGO PENGUIN』をBlue Note Tokyoで観た。

    2018年初のLIVEである。


    一般的な知名度はゼロだが、高感度な音楽ファンに注目されるイギリスはマンチェスターのピアノトリオ。


    ジャズというジャンルではあるが、エレクトロニックに実験的な新世代の音楽だ。


    だいたい『GOGO PENGUIN』(ゴーゴーペンギン)という名前自体が人を食った名前である。


    不可思議なバンド名とは裏腹に、サウンドは実験精神もあり非常にタイト。テクノやエレクトロニカ、ヒップホップの影響を感じる跳ねるで不規則なビートに乗せてクラシカルでメロディアスなピアノの旋律が心地よい、新世代Jazzと形容出来そうな音楽性。


    ピアノ、ベース、ドラムという典型的なジャズの編成ながら、トリッキーな音の出し方やリズム等、ジャズの枠を超えていた。


    アメリカではSnarky Puppy、Kamasi Washington等のジャズの新しい潮流が出てきているが、その流れの中でイギリスらしいスパイスが効いていて差別化を図っている、そんな感じ。


    この日もBlue Noteは超満員、ジャズとはいえ観客の世代は若く熱気に溢れていた。


    帰り際にトリオからサインをもらった。


    皆、無愛想というか、シャイというか、余計な愛想はない。

    ブルーのボタンダウンシャツに色落ちしたデニムと、ファッションに無頓着な英国の大学に行けばどこにでもいそうな若者風情。


    しかし、聴くにつけて癖になるサウンドである。








    【2018/01/17】


    昨年度のLive Best3を自分なりに振り返ってみた。


    2017年LIVEリスト

    4/14 Norah Jones(武道館)

    4/16 Snarky Puppy(Blue Note)

    4/18 Snarky Puppy(Blue Note)

    5/2  DAYME AROCENA(Blue Note)
    5/4  Judith Hill(Billboard)
    5/25  Stanley Clarke(Blue Note)
    6/7  Maria Schneider(Blue Note)
    6/8  Sting(武道館)
    6/14  Bill Lawrence(Cotton Club)

    7/22  Becca Stevens(Cotton Club)

    8/18  小沼ようすけ&Tony Monaco(Cotton Club)

    9/3  東京Jazz(NHKホール)

        Chick Corea、Cory Henry、挾間美帆 etc.

    9/20  Gretchen Parlato(Blue Note)

    9/29  Roy Hargrove's RH Factor(Blue Note)

    10/17 Jackson Browne(オーチャードホール)

    10/21 Live Magic!

    10/22 Live Magic!

    11/6   Michel Camilo/Eliel Lazo(Blue Note)

    12/11 Banda Magda(Blue Note)

    12/29 Robert Glasper Trio(Blue Note)


    2017 Best3


    3位 Jackson Browne(オーチャードホール) 10/17

    2015年以来、前回も素晴らしかったが、同じメンバーを帯同しての来日。特にスティールギター等をマルチに奏でるグレッグ・リーズの活躍が光る。トム・ペティ、グレッグ・オールマン、グレン・フライ、ローウェル・ジョージ等の追悼をさりげなく挟む展開に感涙。特に17年3月4日に逝去した女性シンガー、ヴァレリー・カーターとローウェルと共作したLove Needs a Heartは特に感激した。


    2位 Quarter To Africa(Live Magic!) 10/22

    Peter Barakan氏がキュレーターを務めるフェスに来日したイスラエルのクォーター・トゥ・アフリカ(Quarter To Africa)。全く知識がなく観たが、知らず知らずに体が反応して踊り出していた。中近東と日本がどこかで繋がっているのかと思うほどにDNAが刺激された。編成はパーカッション、管楽器にキーボード、ベースとどこかSnakry Puppy風だが、アラブのウードという弦楽器がギター代わりに、個性を醸し出す。ジャズ、ファンク、ラテン、アフリカン、どこからも切とれて、楽しい音楽。こんなサウンドがもう少し知られるといい!


    1位 Snarky Puppy(Blue Note) 4/18

    今回は初日と大ラスと二回の公演を観た。観れば必ず満足するこのバンド。毎回メンバーが可変的なのがこのバンドのみそ。今回の来日メンバーにはロイ・ハーグローヴのRHファクターでもおなじみのキーボード奏者ボビー・スパークス、そしてドラマーのジェイソン"JT" トーマスが参加。さらに日本ご当地のKeita Ogawaがパーカッションで参加した。このメンバー、特にボビー・スパークスのゴスペルテイスト溢れるオルガンプレイに痺れた。結局彼とジェイソン・トーマスが参加したRoy Hargrove's RH Factorにも行ってしまった。さらにBill Lawrence、東京Jazzに来日したCory Henry、Ground UpのBecca StevensとSnarkyファミリー詣でも続いた。そろそろ、今年は新作が待ち遠しいSnarky Puppy。1月にはDavid Crosby、Chris Thileと共演した垂涎のライブをNYで開催している。これも観たかった!



    【2017/12/28】

    今日で仕事納め。

    2017年も終わろうとしている。


    会社はオフィスの改装、働き方改革等と次々と新しい波が訪れた。


    久しぶりにホームページもリニューアルした。


    https://www.pa-c.co.jp


    7-8月は改装のためオフィスを離れてリモートワーク。


    オフィスにいるだけが仕事じゃないと、自分にも良い意識改革になった。


    クライアントは新規で上期はNew Balance、ヤーマン等が増えて幸先の良いスタート。

    下期は久しぶりのG-SHOCKのイベントが大成功と2018年に向けて良い波は継続している。


    2018年も年末に新規が3件決定。

    中でも大手PR会社を打ち破り競合コンペを勝ち抜いた大手外資の下着ブランドは、PACにとって初の下着への取り組みとなる。

    詳細はここから


    ファッション中心にやってきた弊社もライフスタイルPR会社として、ファッションよりビューティーや音楽の比重が高まってきている。


    ここ数年ファッションは少々元気ないが、弊社は数年前からライフスタイルに特化したPR会社へと模様替えしたので影響はない。


    ファッションもできてビューティーも音楽もできる唯一の存在になりつつある。


    カシオの伊東専務やユナイテッドアローズの栗野さん等、仕事において記念碑的な方々との再会も続いた。


    プライベートでは仕事の合間を縫ってのLive通いが続いた。


    明日の29日のロバート・グラスパーがLIVEの納めとなる。


    とにかくBlue Noteには何回も通った。


    例年参加しているLive Magic!ではQuarter To Africaというイスラエルのすごいバンドに出会って大興奮。


    4月にBlue Noteで観たSnarky Puppyと並ぶ今年のBest liveだった。


    そして、初めて朝ドラにハマった。

    前半に放映された「ひよっこ」は素晴らしい連続ドラマだった。


    自分の好きな群像劇で、主役以外にも次々とスポットが当たり飽きさせない展開に脚本家の力量を感じた。


    女性ドラマーのシシド・カフカや峯田和伸など演技の専門家でない演者の心憎い演技にもハマった。


    ロック歌手の峯田和伸が主役となった、ビートルズの来日前夜の興奮を赤坂という街を舞台に描いた展開にも身震いした。


    スポーツでは筋トレ中心を卒業してヨガに通い始めた。


    なんと一度も着いたことのない前屈で、指先が地面に着いた!


    とりあえず柔軟性をますます高めていきたい。


    2018年は自分にとっても新しい仕掛けが始まる元年。


    楽しみだ!

    【2017/12/28】

    「お互い、生き残りましたね。」


    2017年も終わりが近づくある日、表参道の交差点で懐かしい方に再会した。


    自分、そしてあるブランドの行く末を左右したその人とは。


    セレクトショップ「ユナイテッド・アローズ」(UA)の栗野宏文氏だ。


    今はユナイテッド・アローズのクリエイティブディレクション担当上級顧問、当時は常務取締役だった、と記憶している。


    このブログでも書いているが、当時とは1996年。


    この年の10月にG-SHOCKにとって分岐点となるUAモデルが発売された。


    詳細はこの記事を。

    http://www.mens-ex.jp/special/g-shock-1996/


    ストリートファッションでは圧倒的な人気のG-SHOCKがモード的なファッションも手がけていたユナイテッド・アローズとコラボレーションすることで、ファッションウォッチとしても間口を広げた歴史的な出来事だった。


    当時、自分はG-SHOCKのセレクトショップでの販路開拓を目標としていた時計企画部の方々の依頼を受け窓口となっていた。そして、メディア等で既に著名人だった栗野氏を訪ねてコラボの交渉を重ねていた。

    ※その辺りのことはこのブログても書いているのでご覧いただきたい。


    当初、G-SHOCKの存在すら知らなかったのに、現場の店員 や広報の方にリサーチを重ねて、このコラボレーションの英断を下してくれた恩人である。


    その後もG-SHOCKに目をかけてくれて、アントワープモデルのきっかけも作ってくれた。


    当時、私と同行した時計企画部の伊東氏がアメリカでの赴任を経て、今や専務となったことは伝えると「そうですか、すごいですね」と喜んでくれた。


    そして、自分の近況を伝えると、栗野氏は冒頭の「お互い、生き残りましたね。」という言葉をかけてくれた。


    もともと、言葉の使い方が粋だった氏の言葉遣いは一段と磨きがかっていた。


    タイミング次第で「生き残る」って素敵な言葉だなっと思った。


    そしてファッション界に確固たる地位を築いた氏も長い人生で紆余曲折があったのだろう。


    来年の2月にカシオの伊東氏も交えて初めて夕食を共にすることになった。


    年末に自分の人生を回顧するような素敵な言葉をもらった。





    【2017/11/17】

    UA編 ②


    1996年のこのUAプロジェクトの進行中、創業当時の私は表参道ではなく赤坂の駅から15分ほど歩いた辺鄙な地のマンション(集合オフィス)に6畳ほどの部屋を借りていた。

    薄暗くて眺めの悪い小部屋でまだ社員もいなくてたった一人で毎日終電まで、時にはソファで仮眠をとり夜を明かすこともあった。

    G-SHOCKの仕事は徐々に始まっていたが、会社経営などしたこともない自分が継続して営んで行けるのか、不安と葛藤しながらの人生だった。


    幸い当時のカシオの人たちはファッションには疎く、ファッション流通でG-SHOCKを売れるようにすることは自分でしかできないと感じていた。

    なにせ「セレクトショップとは何か」「ビームスとユナイテッドアローズの違い」の講義をしてあげないといけないような背広軍団の会社だったから。


    しかしながらUAへの売り込みは見事に撃沈し、手詰まりになり次の一手をどうするか悩む日々が続いた。


    数週間後、誰もいないオフィスに出社し留守電のメッセージを聞くと、何と栗野氏だった。

    「もしもし栗野です。G-SHOCKの件でもう一度打ち合わせしませんか」そんな感じだった。


    栗野氏に連絡をすると「あの後、念のため売り場の若い定員に聞いてみると、G-SHOCKってすごい人気なんだね。あのMR-Gはイマイチだけど、別のモデルなら可能性があるかもしれません」という話。

    曇り空が一転して青空になった感じで、未来が広がる感覚は忘れられない。


    小躍りして鈴木氏に報告し、商品企画の担当の伊東さんを連れてUAを訪問しましょうということになった。


    この後何度か栗野さんとお仕事をすることになるのだが、クールに外面とは裏腹にとても面倒見が良くて暖かい方であることに気づくことになる。

    自分の感性には合わない商品でも、若い人たちの意見を聞いてみて最終的に判断する。

    何て素晴らしい手順であろうか、この確認作業があったお陰であのUAモデルが誕生し、G-SHOCKがファッションウォッチとしてブランド化したのである。


    そして、伊東氏、鈴木氏を伴いUA原宿店のプレスルームへ。

    当時のプレスは現在役員の山崎さんがまだアルバイト、そしてメインのプレスが吉原隆さん。

    打ち合わせは栗野さん、吉原さんと店舗のG-SHOCK好きの若手店員が二人くらい参加。


    期待のMR-Gは酷評されて候補からは外れた。

    他にもいろんなモデルを見せたがいずれもピンとこない様子だった。


    彼らが好むのはデータバンクや吊るしで売っていたデジタル時計で、カシオが意図的にデザインしたものはダサく感じるようだった。

    話も煮詰まり万策尽きた、そんな感じの時に「アナログのG-SHOCKはないのか?」という質問がUA側から出た。

    伊東さんが「1989年に出たAW-500というのがあるにはあるが、出して全く売れずに廃盤なんですよ。型も廃棄したかもしれません」と答える。

    念のため、型の存在を確認にすることでその場はお開きになった。


    結局、型は残っていて、その後に伝説となるG-SHOCKのUAモデルが誕生することになる。


    むろんほぼ廃棄寸前の型の復活は剛腕の伊東氏の存在なしにありえなかった。


    最近記事として現場にいた吉原さんのインタビューが公開された。

    自分と記憶が違う部分もあるが、かなり昔の話なのでご愛嬌。


    http://www.mens-ex.jp/special/g-shock-1996/


    黒子だった自分の名前は出ていないが、当時は今よりもモードで先鋭的でセレクトに特化していたUAとG-SHOCKが組めるなんて奇跡であり、BEAMSなんかと組むよりも一足飛びのインパクトがあった。


    このコラボレーションなしにG-SHOCKの今の姿はない。


    そして、UAコラボレーションモデルと名付けられたこのモデルの存在は「コラボレーション」という名前の普及に大いに貢献したのであった。


    事実上の世間で初の「コラボレーション」といえるプロジェクトである。








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