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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2014/01/15】

    待ちに待った大河ドラマ「軍師官兵衛」がスタートした。


    司馬遼太郎の「播磨灘物語」に登場する黒田官兵衛の生き様を読んで以来、好きな歴史上の人物の筆頭に数えられる官兵衛が主人公と聞いて期待半分、不安半分であった。

    不安は配役、そして最近の大河が「主人公が聖人君子」として描かれる傾向。


    戦国時代では大抵の主役が「天下泰平の世を目指している」のが全くピンと来ない。

    むしろ、「野望」「野心」を腹に秘めた出世物語の方がワクワクする。

    配役も悪くはないが、古手の主役級が多いのではと失礼ながら思ってしまう。


    半沢直樹を見習って「野心」ギラギラの主人公で脇は舞台出身の演技派を揃えて欲しかった。


    不安は的中した。

    初回と二回を観ただけだが、古くさい価値観が蔓延している。

    配役からか大河と言うより、テレ東の正月時代劇の趣。


    最近の傾向として、初回は必ず子役から始まるが、ズバリと青年時代から始まれないものか。

    将来の主人公の特性を想起させるエピソードが大抵こじつけで興ざめする。


    それから冒頭に登場した中年期の主人公。

    見た目はカッコいいが「生きられよ〜」と大声でがなった台詞が滑舌が厳しく聞き取れない。


    話題の配役が秀吉を演じる竹中氏の再登板だけ、というのも寂しい。


    大好きな官兵衛が貶められるようで不安である。


    【2013/11/22】

    昨日、12月21日、Paul McCartney in 東京ドームに行って来た。


    陳腐な言葉になるが、「感動の嵐」または「止まらない感動」。

    つまり、開始から終わり迄、感動しっ放し。


    どんなに好きなミュージシャンのライブでも中だるみや聞き流したい曲はあるが、

    ポールのライブは一切無し。

    ベテランのライブは往々にして往年のヒットを期待する観客が殆どで、新曲は

    お休みタイムだったりするが、この71歳の新譜はビートルズナンバーと並んでも

    全く遜色無く盛上がれるから魔力だ。


    まずはヘフナーのベースを携えて颯爽と現れたポール。

    その立ち姿を観るだけで胸が高鳴る。

    そして三曲目の「All My Loving」で得意のランニングベースを弾きながらも

    余裕でボーカルをこなす。

    2つのメロディーを並列にこなすこの音感に中学生時代は呆れたものだった。


    ビートルズナンバーも回を重ねると蔵出し的な渋い選曲となる。

    ジョンからポールへと主役の交代期となった中後期の名曲が初登場。

    ポールプロデュースと言って良い「サージェントペパーズ」から「Lovely Rita」と「Mr.Kite」。自分的には「Mr.Kite」が今回のライブではナンバー1の出来だったと思う。

    ポールではなくジョンの曲でしかもライブでは再現不能と言われたこの幻想的な曲を

    よくぞ再現してくれて、しかも演出や映像もばっちりだった。


    それと、ビートルズで最も駄目なアルバム「イエローサブマリン」から、これまた

    おふざけで出したとしか思えなかった「All Together Now」。

    これまた、サイケなアコギな名曲に再現してくれた。


    そして、驚くべきは30数曲の全曲、ベースからアコギ、リードギター、ピアノと次々と

    楽器を持ち替え、シンガーとプレーヤーをこなすハードワーカー振り。

    例えばイーグルスのドン・ヘンリーがソロになるとドラムを叩かずに、ハンドマイクを

    持って歌う姿を見て落胆したことがある。

    スティングもフィル・コリンズもグループを離れると、ベースやドラムを捨てて、

    シンガー専任になってしまう。

    ポールがベースを捨ててハンドマイクでビートルズナンバーを歌う姿など想像出来ない。

    自分はシンガーではなくバンドマンなのだという自負が強烈なのだろう。


    今回、特にへフナーのベースを掲げる姿が何度も象徴的に観られた。

    「I am a Bandman」という強烈なこだわりを後進の全てのミュージシャンに対しての

    メッセージだった気がしてならない。

    彼のバンドの音が全て生で演奏されたものであることも追記したい。

    【2013/09/26】

    久しぶりに民放の連ドラを続けて観た。

    視聴率の記録を更新した「半沢直樹」。

    気になる役者の1人である堺雅人の主演、さらに池井戸潤氏の原作ということでチェックをしていたが、とにかくTVドラマを観ない自分がここまではまるとは驚いた。


    このドラマの勝因を敢えて一言で言えば「キャスティング」だろう。

    人気重視ではなく実力があり役にはまる役者を適材適所で置いたことに尽きる。

    特に舞台中心に活躍する俳優でしかも滑舌の良い役者を選りすぐりで選んでいる。


    その代表が主演の堺雅人。

    彼を自分が発見したのが大河ドラマ「新選組!」で演じた山南敬介。

    ここでの変幻自在の演技は大河史上初となった山南の切腹を描いた回「友の死」の再放送に結びつく。

    表情もさることながら、時代劇では「台詞回し」(滑舌)が重要で、その後は好きな役者の基準は滑舌になる。

    彼の場合、滑舌が良いから長い台詞も滞り無く、こちらに伝わって来る。


    メジャーの役者で自分が演技が上手いと思う2人を挙げるなら堺ともう1人が香川照之。

    その香川照之とオネエ言葉の片岡愛之助は何れも歌舞伎界から。

    香川は俳優を経て近年歌舞伎に進出。片岡は歌舞伎の血筋ではないが養子という形で歌舞伎役者になったという点では両者とも歌舞伎界の異端児。

    わざと大袈裟な舞台回しにしている本作の中で、歌舞伎出身の2人の大仰な演技はぴったりはまっていた。


    第一部の敵役、支店長役の石丸幹二は劇団四季等で活躍するミュージカル歌手。

    部長役の吉田鋼太郎は蜷川舞台の実力派。

    岸川部長演じた森田順平は文学座出身だが赤面症で長らく俳優を休み声優で活躍していたらしい。そんな彼の最終回での慟哭も長い俳優生活でも特筆すべきものだっただろう。


    さらに、同期の近藤役の滝藤賢一は仲代達矢の無名塾出身。

    世間的には無名の役者を第2部の重要な役どころに配した英断に脱帽する。

    個人的な名場面はこの近藤を大和田常務が料亭で追いつめるシーン。

    目が血走った名演技は、同期の友情と銀行に戻りたいという組織の一員としての願望の板挟みになった人間の心情がほとばしっていた。

    今後は堺が新選組で名を挙げた様にオファーが増えて行くだろう。


    その他、小木曽や古里のような小物にも手を抜かない配役がこのドラマを本物に仕立て上げた。


    世の中は綺麗ごとだけじゃ済まない。

    人は「善」に生きたくても、「悪」は全ての人の心にも潜んでいる。

    小悪党や大悪党、このドラマは色んな「悪人」を本気の演技で描いてくれた。


    だから半沢の正義を貫く「善」が光り輝いて人々は溜飲を下げた。

    半沢自身の正義感の中にも「倍返し」のような人間らしい「恨みへの仕返し」の感情が根底にあり、正義を単なる綺麗ごとで描かない所も共感を呼んだ所だろう。


    【2013/09/04】

    2013年9月1日、復活したサザンオールスターズの茅ヶ崎ライブに行って来た。

    ※正確には茅ヶ崎の隣駅辻堂の映画館でのライブビューイングを鑑賞した


    サザンと言えば鎌倉育ちの自分にも馴染みのあるバンド。

    デビュー曲の「勝手にシンドバット」が発売されたのが高校時代。

    「茅ヶ崎」「江ノ島」「湘南」と歌詞に散りばめられた地元の地名に親近感を憶えた。


    それから数年間、サザンの足跡を追い続けたが、最後にアルバム「KAMAKURA」を購入し、

    それ以降関心は薄れて行った。

    マニアック志向の自分にとって余りにも大衆化したように写るサザンは熱狂の対象とは足り得なくなっていた。

    35周年の今年復活した彼らの新譜はありがちな再結成の有り様ではなく、その年代に相応しいリアルタイムの存在感だった。

    特にメッセージ性の強い「ピースとハイライト」を聴いて、衰えない桑田圭祐の創造性と反骨精神に感心し、ライブにも足を運ぶことになった。


    リアルタイムに聴いた名曲「Ya Ya」でライブは幕を開けた。

    青学のキャンパスの風景を歌い込んだこの曲。

    本人たちが所属したサークル「Better days」も歌詞に盛り込まれた。


    池袋というオシャレでない駅にあった立教の学生だった自分はファッションの街、青山にある

    青学まで出掛け学食でよくランチをした。

    青山にあるだけで青学の学生は垢抜けて見え、サザンの存在はさらにそれを倍加させていた。


    そして、早くも三曲目に35年前のデビュー曲「勝手にシンドバット」。

    これは批判でなく、彼らの最高傑作はこのデビュー曲で、未だこの曲の衝撃と完成度を超える曲は発表されていない気がする。

    因にG-SHOCKの最高傑作も初代の5600であると思う。

    つまりデビューにしてもの凄い完成度を備えていた、という位この曲の衝撃はド級だった。


    「何を言っているか分からないと」と口を開けば評論家はそう言った。

    サビの歌詞が「今何時?」という脈絡の無い言葉。

    「意味不明」という批判と日本語をロックに乗せるために響きを優先した歌詞という賛否が

    両論した。


    そして「江ノ島が見えて来た 俺の家も近い」という歌詞で曲はクライマックスへ。

    幼少より家族で良く箱根にドライブに出掛けた。

    国道の渋滞に辟易していると海にエボシ岩が見え、そして江ノ島が見えるとホッとしたのを思い出し、このハチャメチャな曲に郷愁を見出す瞬間だった。


    ラテンなリズムと昭和歌謡風メロディ、そして衝撃的な歌詞とデビューとは思えない渋いボーカル。

    このバンドのエッセンスが凝縮された名曲は35年経過しても褪せること無く全ての世代達に響いて行く。


    さらに、前半には「パシフィックホテル」「江の島」と地元の地名が読み込まれた「夏をあきらめて」も披露される。

    「地元の人間は湘南なんて誰も言わない」と桑田自身は言ってるらしいが、鎌倉出身の自分にとっても湘南という言葉は遠く響く。

    しかしながら、日本全国に湘南のイメージを拡散させた功罪がサザンにあるのは間違いないだろう。

    【2013/08/23】

    イルクジ成功秘話(3)


    G-SHOCKの成功の仕掛けのベースには「From USA」「From Europe」等と必ず、海外で流行っているG-SHOCKというイメージ付けがある。

    元々G-SHOCKは日本で全く売れずに海外で売れ始め、日本では販売されていないモデルが「逆輸入」として渋谷の洋服屋で販売され、密かなブームとなったのが日本での流行の兆しである。

    基本としてG-SHOCKは洋物であるというイメージ戦略を愚直に徹底した。


    そこで、このイルクジは提携団体のアイサーチの本拠であるオーストラリアから発信するという仕掛けを考えた。

    厳しい自然環境のオーストラリア。そこでイルカなど海洋研究をしている研究者もG-SHOCKを装着していた、そして彼らの研究をサポートするG-SHOCKが登場、というPRストーリーである。

    G-SHOCKの耐衝撃構造ではない機能として「防水機能」をアピールすることで顧客層を広げる、さらに「環境保護」という社会貢献のイメージによるPR記事の獲得がこの「イルクジ」のミッションだったので、このプランで行くことになった。


    早速、提携先のアイサーチジャパンを通じて、オーストラリアのイルカ研究者をリサーチすることになった。

    1996年3月発売に合わせて発売の少し前にメディア露出するには、いつオーストラリアを取材したらいいのか、どの媒体が適切かと言う検討が始まった。


    また、この二代目G-SHOCKの正式名称も「第5回国際イルカ・クジラ会議記念モデル」と決定した。これはこの会議がベルギーのブリュッセルで開催することが決まり、その記念モデルという位置づけとなった。

    弊社では商品企画も担当していたので、商品からPRまでという上流から下流までを1社で展開出来るという理想としていたワークスタイルも実現に近づいた。


    この会議のロゴマークは菊池氏という日本人デザイナーがデザインしたもので、これを裏蓋に刻印する


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