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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2015/03/24】

    本日は弊社の表彰制度について記載する。


    まず一昨年の2013年から開始した「PR賞」。

    半期に1回、よく練られて見事な「PR露出」を表彰するものである。

    各社員が自信のあるパブリシティ露出をエントリーし、社員全員の投票で1位を決めて大賞に現金10万円を支給するもの。


    弊社のPRは定額制で成功報酬ではないため、個々の露出自体は売上に直結していないため、メディアリレーションが得意な社員に不満がくすぶっていた。

    どちらかと言うと、利益に対して報いていた評価制度のため、PRでの露出と報酬が中々リンクしなかっため、思い切って営業的な側面を抜きにして純粋にPR露出を報いる仕組みを作ったわけだ。

    基本的には無料のものでペイドは対象外とした。


    第1回の受賞は媒体社への支払い無しでMOOK本を制作した以下の施策。

    https://www.ifca.or.jp/news/news94.html


    第2回は美容サロンの新聞露出と意外にも堅実な露出が評された。

    https://www.ifca.or.jp/blog/blog79.html


    第3回はAmazonの雑誌露出で六ヶ月連続掲載と言う所が評価に。

    この回は昨年の業績が良かったので、15万円に増額に。

    https://www.ifca.or.jp/blog/blog92.html


    第1回と第2回はPR会社出身の中途社員であったが、第3回は新卒入社した3年目の弊社純粋培養の社員が受賞した。

    繰り返すことで賞の価値も高まりエントリーも増えて来たし、PR力の底上げに寄与している、と自負している。


    他にもいくつか表彰制度があるので、またご紹介する。

    【2015/03/23】

    前週のCSNに引き続き、ウエストコースト・ロック系のライブを観た。

    3/13(金)、渋谷オーチャードホールで観たジャクソン・ブラウンのライブである。

    前週はクロスビーの仙人のような風貌とは裏腹の若々しい歌声に驚いたが、ジャクソンの変わらぬ体型と歌声にもまた驚いた。

    彼のライブは3回目、初めて観たのは初来日の1977年で神奈川県民ホール。

    ※因に2回目は1994年の「I'm Aliveツアー」で渋谷公会堂。

    高校生であった自分は生まれて初めての独りで観るライブ、当時住んでいた鎌倉から横浜迄ドキドキする気持ちで出掛けたわけである。
    他の観客は大人ばかり(と言っても大学生中心だと思うが自分には大人に見えた)で外人も多く大いに緊張した記憶がある。

    「The Pretender」のプロモートツアーのためオープニングは「The Fuse」と予想されたが、意外にも「Take It Easy」で観客のどよめきが思い出される。
    当時のジャクソンは既にビッグな存在となっていたイーグルスの一派として売り出されていたので、グレン・フライとの共作の「Take It Easy」は日本人向けの選曲ではあった。
    しかし、今の交友関係や立ち位置を吟味すると、前週ライブに飛び入りしたCSNとの関係が密接だった、と伺える。
    常に環境や原発等、アメリカや世界が抱える問題に意識を向けた音楽活動を行うジャクソンとCSNには大いに親和性を感じ、逆に若い頃に同世代として音楽的に協調したイーグルスとは今は疎遠になっている、と言う印象がある。

    特にNO NUKESを共に開催したグラハム・ナッシュ、デビュー時にヘルプしたデビッド・クロスビーとは特に今も昔も親密である。


    さて当日のライブであるが、4曲も観客のリクエストに応えるサービス振りで、今回のツアーでも演奏していなかった人気曲「Lafe for the Sky」のリクエストにも快く応え、会場は熱狂に包まれた。

    以下がセットリストだが、※がリクエスト曲。

    2015年3月13日 Bunkamura オーチャードホール公演 セットリスト
    Set One
    1. バリケーズ・オブ・ヘヴン(1996『ルッキング・イースト』収録)
    2. サムシング・ファイン(1972『ジャクソン・ブラウン』収録)
    3. ザ・ロング・ウェイ・アラウンド
    4. リーヴィング・ウィンズロー
    5. 青春の日々(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    6. レッド・ネック・フレンド(1973『フォー・エヴリマン』収録)※
    7. ウォールズ・アンド・ドアーズ ※
    8. アイム・アライヴ(1993『アイム・アライヴ』収録)
    9. ユー・ノウ・ザ・ナイト
    10. ダンサーに(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)

    Set Two
    11. ユア・ブライト・ベイビー・ブルース(1976『プリテンダー』収録)
    12. ジャマイカ・セイ・ユー・ウィル(1972『ジャクソン・ブラウン』収録)※
    13. イフ・アイ・クッド・ビー・エニホェア
    14. レイト・フォー・ザ・スカイ(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)※
    15. ウィッチ・サイド?
    16. スタンディング・イン・ザ・ブリーチ
    17. ルッキング・イースト(1996『ルッキング・イースト』収録)
    18. ザ・バーズ・オブ・セント・マークス
    19. ザ・レイト・ショー(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)
    20. ドクター・マイ・アイズ(1972『ジャクソン・ブラウン・ファースト』収録)
    21. 孤独なランナー(1977『孤独なランナー』収録)

    Encore:
    22. テイク・イット・イージー(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    23. 泉の聖母(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    24. アイ・アム・ア・パトリオット(1989『ワールド・イン・モーション』収録)

    この一部過剰なリクエストに対して、「ライブの流れを中断する」「観客の我が侭にジャクソンが応じ過ぎ」等の批判がネット上を賑わす論議となった。
    実は自分の観た前回も前々回もこのリクエストはライブで繰り返されているジャクソンのライブでは言わば名物。
    今迄リクエストをする多くは外国人で、とにかく「Lafe for the Sky」等の初期の名曲に集中していて、確かに鬱陶しい部分もあった。

    しかし、日本人もライブ慣れして来てリクエストのタイミングも良くなり、曲もいい感じでばらけていた印象で、ジャクソン本人も客とのやりとりをエンジョイしていた。
    例えばリクエストの二曲目は最新アルバムからの「Walls and doors」でしかも他人の曲で、初期の曲ばかりでもない。

    「人が良い」「お人好しに付け込む観客」という意見が多いが、これらが欠点としても長所・短所も含めたものがその人の人格で、ファンとしてはこれらを含めて彼の提供する舞台をエンジョイするくらいの度量が欲しい。
    因に自分は「Lafe for the Skyが聴けて得した!」と思ったけど、一番印象深ったのは最新作の「The Birds of St. Marks」である。

    ジャクソン曰く「最高のバンド」と評価される今回のツアーメンバー。

    特にグレッグ・リース、ヴァル・マッカラムとジャクソンを含むトリプルギターが素晴らしく、3人のギタリストというウエストコースト・ロックの系譜を彷彿させる。

    長身のヴァル・マッカラムの実父は俳優のデビッド・マッカラムで継父はチャールズ・ブロンソンと言う、映画「大脱走」に出演した役者を親族に持つ、というからそれだけで僕ら世代の感性をくすぐる。
    そして、ペダルスティール等をマルチにこなすグレッグ・リースは、過去デビッド・リンドレー等が魅せた名演をなぞりながら、進化させて聴かせてくれる。

    この最新曲「The Birds of St. Marks」は60年代に作曲家だったジャクソンがバーズに捧げたが採用されなかった未発表曲だそうで、リースの12弦ギターの響きがバーズを彷彿とさせ、マッカラムとの後半のギターバトルは素晴らしい聴きものとなった。

    どちらかと言うとジャクソン・ブラウンはシンガーソングライターという枠組みで語られる。
    勿論、詩も曲も歌声も素晴らしい。
    しかし、彼を他の同種の音楽家と差別化させているのは「サウンド・プロダクション」も含むプロデュース能力なのだなとつくづくと思う。

    初期の「The Pretender」の録音でプロデーサーのジョン・ランドウーから「ドラム・サウンドを学んだ」という彼だが、その通りでこのアルバムで演奏するジム・ゴードン、ラス・カンケル、ジェフ・ポーカロという三人のドラマーのプレイの素晴らしい事。
    特に若き日の今は亡きポーカロが聴かせるタイトル曲での最高の歌伴ドラムは絶品。
    そして、同曲で聴けるクロスビー&ナッシュのコーラスもまた素晴らしい。
    このアルバムでは、ローウェル・ジョージ(リトルフィート)、ジョン・ホール(オーリアンズ)、デビッド・リンドレーと言ったロック界の至宝ギタリストを贅沢にキャスティングしている。

    自分は思うのだが、スティーリーダンの「Aja」がセッションミュージシャンの適材適所の東の横綱なら、西の横綱はこの「The Pretender」だと。

    長年鍛えられた彼の音へのこだわりを至る所に感じたこのライブである。
    まさに「ジャクソン・ブラウン・バンド」ここにあり、と強く感じた。


    勿論、東京でのライブの最中に3.11を迎えたこのツアーでの彼が発するメッセージは素晴らしいものだった。


    「海はプラスチックのゴミだらけ、放射能汚染水は平気でたれ流し、グリーンランドの氷壁は溶け続ける。貧しい者と富める者の格差は広がり続け、抗議の声をあげれば要注意マーク。僕なんかいつ消えても不思議じゃないよ。でも、どんなに遠回りになっても、あの愛と平和の理想を僕らは探していかなきゃね。」

    http://www.asahi.com/and_M/interest/SDI2015031192101.html

    【2015/03/09】

    3月6日(金)、東京国際フォーラムでCSNのライブを観た。


    CSNの正式名は「クロスビー、スティルス&ナッシュ」、元バーズのデヴィッド・クロスビー、元ホリーズのグラハム・ナッシュ、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーブン・スティルスとそれぞれ人気グループにいた3人が1969年に結成したグループ。

    その後に70年にニール・ヤングが加入してCSN&Yとなり、人気が爆発する。

    「ウッドストック」という曲も歌い、この歴史的なイベントにもメインアクトとして出演したこの時代を象徴するスーパーグループである。


    CSNとしての来日は20年振りらしいが、その時はバンド無しのアコースティック・ライブで、自分もNHKホールに足を運んだ記憶がある。

    生ギターとコーラスだけで、バンド並みの迫力を表現することに驚嘆した。


    69年のデビュー当時、このグループの中核は、歌にコーラスさらに作曲以外にもリードギターやキーボード、ベースをこなすマルチ・プレーヤーのスティルスの音作りの緻密さと演奏力の凄さにあり、彼がビートルズで言えばポール・マッカートニーのような立場でレコーディングを主導した。

    そうして出来上がったのが、デビュー作とCSNYとしての「Déjà Vu」だった。

    前回の来日で最も注目されたのはスティルス。

    クラブブームが盛上がる中、フリーソウルのコンピにも選ばれたソロ一作目の「LOVE THE ONE YOU'RE WITH」やマナサスの再評価等で所謂、通受けしていたのだが、確かにスティルスのサウンドプロダクションの創造性は凄かった。


    もう一つの魅力は、3人によるどれが主旋律かも分からないコーラス・ワーク。

    そこで活躍したのが高音域のグラハム・ナッシュ。

    ホリーズと言うイギリスのポップグループにいたナッシュはメロディメーカーとして、グループの大衆化に貢献した。

    "Teach Your Children" 、"Just A Song Before I Go" 、"Wasted on the Way"等、多くのグループのヒット曲は彼によるものである。


    そして、デヴィッド・クロスビー。

    自分にとって彼の存在は長らく謎だった。

    若い頃は難解な彼のメロディと変則チューニングを駆使した不思議なコード進行に付いて行けなかった。

    そして、80年代にはドラッグの影響で入退院を繰り返し85年には刑務所生活を送っており、ほぼセミリタイヤ状態だったため増々印象は薄い。

    それが1995年に肝移植手術した辺りから徐々に復活して来たと言う。

    確かに80年代の彼はボンヤリとした感じでステージでの表情も危うい感じだった。


    しかし、若い頃には理解が出来なかった"Déjà Vu"や"Guinnevere"等の彼の作品が、今聴くととても魅力的に感じるから時の流れはマジックだ。


    彼のソロ第一作「If I Could Only Remember My Name」(1971)もこの流れで再評価されているようだ。
    メロディのないスキャット中心のような曲もある不思議なアルバムだが、彼が影響を受けたジャズの香りに満ちた「アシッド感覚」は今の時代にも新しく響く。

    2014年にも「Croz」という久々のソロ盤を発売し、チャート30位台迄上昇したようだ。



    そして迎えたライブだが、もうこれは素晴らしいとしか言いようのないものだった。

    全員が70歳を超えているのだが、ありがちな昔の曲を羅列した懐古調ではなく、現役感たっぷりの現在進行形のバンドサウンドだった。

    60年代、70年代のCSN(Y)の音楽の持っていた熱と創造力がいかに本物であったか、そしてそれらは時を経ても色褪せずに年輪と共に進化し熟成していたのだった。


    体調に不良箇所があるスティルスはさすがに怠そうで声の出も音程も不確かだったが、ギターを持たせると昔のヤングとのギターバトルを思い出すような強烈なフレーズを叩き出す。

    バンドサウンドになると彼がリーダーとして輝き出す。

    ただ「WOODEN SHIPS」の彼のパートをナッシュに任せたり、彼の代表曲「青い眼のジュディ」をやらなかったり、声の衰えは隠せない。


    多くのラジオ出演をスポークスマンとしてこなした「唯一のいい人」ナッシュは、元気そのものでライブを仕切りまくり、衰えない高音域でコーラスの核となる。

    そして、未だ現役のソングライターとして新曲も披露する。

    彼と言う触媒なくしてCSNの存続はなかったろう。


    だが、今回のライブの主役は80年代には命の存在すら危うかったクロスビーだった。

    前半の"Long Time Gone"から元気全開で、後半の"Almost Cut My Hair"でそのパワーが爆発する。高音域も声量は衰えず、最近発売された1974年のCSNYライブバージョンよりも明らかにパワーアップしている。

    今もこの"Almost Cut My Hair"が頭の中を響き渡る。

    また、新曲二曲と"Guinnevere"で構成した彼のソロパートがまだ良かった。

    新曲は相変わらずの不思議全開なコード進行だがなぜか惹き付けられるこの魅力は何だろう。

    そしてナッシュと2人で演奏する"Guinnevere"の誰もが真似出来ない、彼等の世界観に圧倒された。

    よっぽど元気な人の肝臓を移植したのかね、と思う程80年代の彼とは別人そのもの。

    いや、60年代、70年代の彼よりも全てが進化していた。


    それから、前半に披露されたクロスビーの代表曲"Déjà Vu"のバンド演奏と彼のアコギの素晴らしかったこと。

    元々ジャズテイストでサイケデリック風味のスキャットを多用した彼特有の「変な曲」だったが、さらに今風に進化してバンドメンバーの素晴らしいソロパートも加わり感動的な曲に変貌していた。

    実は"Déjà Vu"は70年代以降のプログレバンドにも大いにリスペクトを受けているのは、大いに理解出来る。


    余談だが、彼のTwitterをフォローしているのだが、来日中、もの凄い勢いでツィートしているのだ。下らないファンの質問にも、いちいち楽しむように答えている。

    https://twitter.com/thedavidcrosby


    声だけでなく新しいITという武器を駆使して、脳内迄進化しているのだろうか。


    試しに自分もメッセージを送ってみたのだが、4通目にして返事が来た。

    「ジャクソン・ブラウンのデビューに尽力したのですか?」

    Today I read the book of Jackson Browne .He said that you supported him for his debut.this is amazing!Do you like him still?

    David Crosby

    「うんサポートしたし、信じた。彼は良い男で良いアーティストだ」と答えてくれた。
    yes I support and believe in Jackson
    He is a good man and a fine artist「


    ちなみに、来週はジャクソン・ブラウンのライブが東京である。

    自分が見た前日には、飛び入りしてナッシュと共演したそうである。


    ステージのクロスビーは変わり者キャラ全開だが、後輩のジャクソンのデビューにとても尽力したそうで、ジャクソン自身もロックの殿堂入りのスピーチでクロスビーに対して感謝の言葉を述べている。


    ドラッグに溺れていたクロスビーを献身的にサポートしたナッシュと言い、ウエストコーストロックのコミュニティは「助け合い」の精神に溢れている。


    今回のライブでも歌われたクロスビーの「Delta」は、ドラッグに苦しむクロスビーをジャクソンがピアノの横で励ましながら仕上げた曲だ。


    クロスビーの大復活を観て、改めて60年代後半から70年代にかけて一世を風靡したウエストコーストロックの表層ではない人脈の深みを見た思いだ。


    追伸

    この翌々日、三越のカルチャアセンターで開催されたピーター・バラカン氏の「我が青春のサウンドトラック」という講演会に参加して来た。

    シャドウズからビートルズ、ストーンズ、ディランと彼が思春期に聴いて来た音楽をアナログ盤で紹介するイベントだが、定番的な前半から後半は彼の趣味趣味的なセレクトになる。

    ジョージ・フェイム、ポール・バターフィールド、バート・ヤンシュと来て、最後の一枚はなんとクロスビーの「If I Could Only Remember My Name」からMusic is Love。

    バックステージで弟のミック・バラカン氏(CSNのツアーギタリスト/芸名;シェーン・フォテーヌ)からクロスビーを紹介されて、このアルバムについて語り合ったらしい。

    多くのゲスト達と即興的に作り上げたこのアルバムはある意味でとても難解だが、一度はまると虜になってしまう魅力満載だ。

    【2015/02/19】

    今年、2015年から弊社で新しい組織を立ち上げる。


    「広報コンサルティング・グループ」という部門だ。


    少し堅苦しい名称だが、弊社にしては派手ではなく堅実な業務を行う部門だ。


    弊社のようなファッションPRの会社は往々にして「広報」が弱いとされている。


    showroomでのリースが強く、スタイリスト経由でファッション誌での露出が得意で、

    ネットワーク重視で戦略に乏しく、報道には弱い、というイメージだ。


    最近、こんな類いの報道が増えている。


    雑誌低迷、沈む街の書店  「若者向け」重視されず

    http://www.47news.jp/47topics/e/261427.php


    ネットや電子書籍の普及で出版業界は長期低落傾向だが、雑誌の低落傾向はその中でも顕著である。


    一昔前はファッションは雑誌に掲載されれば、瞬く間に完売という神話にすがって来れた。


    しかし、今弊社のようなファッション系PR会社が今迄通り雑誌に依存していると、いつかとんでもないしっぺ返しに遇う、と言うことを数年前から危惧していた。


    リクルートに関してもファッションのプレス出身者の採用より、広報に強いPR会社経験者に絞り採用を強化して来た。


    今回立ち上げた「広報コンサルティング・グループ」は、アシックスなど大手企業の広報部門と雑誌向けのPRだけでなく、新聞や経済誌とも向き合いリレーションを作り上げて来た実績をベースに活動をロンチする。


    またFOREVER21等ではローカルの店舗開店のPRを数多くこなし、ローカルのテレビ局での露出を積み上げて来た実績も大きい。

    昨年だけで和歌山、岐阜、名古屋2店、都内と多くの店舗イベントを芸能人をキャスティングして売上に貢献して来たが、多くのTVの報道を獲得した。


    雑誌だけだとどうしても東京中心だが、新聞やTVは各ローカルごとの対応が求められる。


    今回の組織は長年PR会社で大手化粧品の広報コンサルティングを手掛けて来た女性社員をヘッドに、大手PR会社からリクルートした2名の部員、合計3名の組織。


    幸先良く、大手インナーウエア会社の広報の仕事も決まった。


    これで弊社もPRプロデュース、ifca showroom、営業管理、広報コンサルティングと4グループ体制となった。

    ファッションリースは勿論、PRイベントや商品企画、SNSから堅実な広報まで、様々な業種のPRニーズに応えられる組織となった。


    他のファッションPR会社では出来ない強みを掲げて、さらなる成長を仕掛ける。

    【2015/01/30】

    3. 『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(Living in the Material World)

     /George Harrison


    「静かなるビートル(Quiet Beatle)」と呼ばれ、ビートルズの中でも地味な存在のジョージ・ハリスン作品の中から敢えて地味なこのアルバムを大いに愛聴した。


    ビートルズの中で最年少で曲の披露の機会も少なく抑圧されていたジョージだが、ビートルズ末期(アビーロード)にその才能が開花し、その束の間にビートルズは解散を迎える。


    代表曲となる「サムシング」を含むアビーロードは1969年9月に発売。

    1970年5月にはビートルズ最後の作品「Let it be」が発売、同年11月には3枚組の大作となる実質ソロデビュー作の「オール・シングス・マスト・パス」をジョージは発売。

    その間にもジョージ自身、一度ビートルズを脱退していた事実もあり、解散を見据えて周到に準備した結果の大作発表、そしてポールやジョンを差し置いて最初にソロで成功したのはダークホースのジョージだった。


    そしてこの1973年発売の『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』は3枚組の大作「オール・シングス・マスト・パス」の次作と言うこともあり、埋もれた作品として語られることは少ない。


    自分も「オール・シングス〜」と1987年の「クラウド・ナイン」は愛聴したが、このアルバムには去年迄食指が伸びなかった。

    フィル・スペクターとジェフ・リンと言う大物プロデューサーに委ねられた2作品は悪く言うと大仰だが、セルフプロデュースの本作品こそがジョージ・ハリスンというミュージシャンの等身大の姿を映し出している。


    聴いてみるとクセになると言うか、何度聴いても飽きないスルメのような魅力、まさにジョージの人柄が溢れる一品に仕上がっている。

    とにかく繰り返し繰り返し聴いても、ジワジワと良さが染みて来る。


    豪華ゲスト満載ではないが、固定メンバーで録音されているので派手さはないがアルバムとしての統一感がある。

    この職人的なバックミュージシャンの演奏が実に素晴らしい。

    ドラムはリンゴとジム・ケルトナー。

    ベースはビートルズソロの常連クラウス・フォアマン。

    ピアノはストーンズのサイドマンとして知られたニッキー・ホプキンス。


    一流のスタジオ・ミュージシャン達が仕事として流した演奏ではなく、本当に自分たちの演奏の粋を結集させた思い入れを感じる。

    そして、そうさせてしまうジョージの人柄を感じてしまうのだ。


    また、ギターはゲストプレイヤーがいないためジョージのギターが堪能出来る。

    特にビートルズ解散後、モノにしたスライドギターのプレーは必聴の価値。

    ビートルズ時代評価されることの少なかったジョージのギターだが、解散後のスライド・プレーによってトップギタリストの仲間入りを果たしたのは面白い。

    デュアン・オールマンに代表される豪快なブルース的なものではなく、ローウェル・ジョージのような南部的な粘り気のあるサウンドでもなく、メロディアスで繊細な響き、まさにオリジナリティのあるスライド・プレーである。


    一曲目の「Give me love」はアコースティックなバラードにも関わらず、演奏陣のプレイが凄いことになっている。

    小技を入れまくるジム・ケルトナーのドラムとうねりまくるクラウスのベース。

    美しいフレーズを奏でるニッキー・ホプキンスのピアノとそれに絡み付くジョージのスライドのソロ。

    生ギターの弾き語りで済ませられるような曲に、極上かつ複雑なプレーを載せてしまうもの凄い演奏陣に感嘆してしまう。


    ロックバンドにおいては脇役であることが多いピアノだが、この作品は楽器が少ないのも幸いしてロック界の至宝鍵盤プレイヤー故ニッキー・ホプキンスの硬軟織り交ぜたピアノの響きがくっきりと楽しめる。

    ビートルズでの「レボリューション」でのファンキーなプレーは印象深いが、三曲目の「The Light That Had Lighted The World」での美しいピアノの調べは素晴らしい。


    そして、このアルバムの白眉はタイトルナンバーの「Living in the Material World」。

    同名のジョージの伝記映画の題名にもなったこの曲には、ポール、ジョン、リンゴの実名も登場するジョージらしい皮肉の効いた歌詞になっている。

    まずドラムスはリンゴとジムのツインドラムになっているが、ツインドラム史上最高の響きとも言えるコンビネーションを展開する。

    リンゴの独特な跳ねるビートをツインドラムの名手ジムが適格にサポート、素晴らしい曲のノリを産み出している。

    そして、ジョージのスライドとジム・ホーンのサックスの絡み、さらにタブラが入りジョージ

    の好きなインドテイストも入り、ジョージテイストの集大成のようなナンバー。

    自分的にはジョージの最高傑作にして、70'sロックの代表曲であると思う。


    ここにこのアルバムを偏愛するミュージシャンのコラムを転載する。

    いかに玄人受けする作品かを噛み締めて欲しい。

    http://www.barks.jp/news/?id=1000090982


    作曲家としてのポールもアーティストとしてのジョンも凄いが、時代を敏感に切り取るセンスや共演するミュージシャンの生かし方等、ミュージシャンとしてのセンスの凄さではジョージは元ビートルズの中でも随一だったと思う。

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