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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2015/05/29】

    5/27(水)〜29(金)に開催されたifca showroomの展示会が終了した。


    ファッションPR会社の展示会は数多くあるが、ファッションだけでなく、スポーツ、音響、IT アクセサリー、時計、眼鏡、そして飲食まで幅広くライフスタイル商材を揃えたのは弊社のshowroomだけだろう。


    今やファッションは単独では存在し得ず、ライフスタイルの一環として様々な分野と横串で連携しながらしか、その存在は誇示できない。

    ファッション中心からスタートした弊社だが、スポーツ、音響、インテリア、そして飲食と分野が拡大している。

    昨年からはカフェカンパニーさんのコンサルティングとPRを弊社の執行役員の齋山が担当しており、飲食分野も得意分野だ。


    2015年4月には越谷レイクタウンにメキシカンカフェ併設型店舗”TITICACA MUNDO”がオープンした。

    ヴィレッジヴァンガードダイナーとの協業店舗だが、こちらもプロデュースを担当した。




    今回はWIRED CAFEのバリスタの方にも参加いただき、その場で本物のコーヒーも味わってもらった。


    新しい方向性が提示できて、ほっと一息。


    次回の展示会は11月となるが、既に誰もが知っている著名ブランドの参加も決まっている。



    ヘッドホンブランドは6ブランドに。





    WIRED CAFEのバリスタによる実演。

    コーヒーブームからか人気のコーナーとなり、コミュニケーションが生まれた。





    【2015/04/30】


    4/28(火) 日本武道館にてPaul McCartneyの公演が開催された。


    最高のSS席が100,000円という高価格のため、開催前から賛否両論で話題になっていた。


    さらに、昨年度の公演キャンセルもあり曰く付きの公演となった。


    18:30から開演ということで18:00頃に武道館に到着したが、既に武道館史上最高の混雑と言えるような会場前の人混み。

    17:30開場予定のことだが遅れているようで入場待ちする客の列が遥か遠く迄伸びている。

    誘導の仕切りが悪く、どこに並んでいいやら分からず、同じような迷える観客と共にオロオロと混雑した周辺を歩き回る。


    やっと列に並び会場に入る迄に約一時間。

    座席に着いてからも待たされる。(自分の座席は一階の西のC列とかなりポールと近い)


    それでも武道館と言う会場の磁場が待ちのイライラを興奮に変換して行く。

    そして、遂に会場のあちこちで観客達のウェーブが何度も巻き起こる。


    結局一時間半遅れで遂に開演したが、BGMでビートルズの曲が流れると手拍子が起こる等観客は完全に出来上がった状態。


    1曲目のCan't Buy Me Loveで世紀のショーが幕開け。

    この日本ツアーでも何度も演奏されている曲だが、この武道館のオープニングで聴くとその興奮具合が違う。

    この辺りポールの演出の勘所は天才的である。

    セットリストを入れ替えるだけで客を興奮の坩堝に巻き込んで行く。


    常にポールをドームと言う巨大な空間で、スクリーンを通じて間接的に観ることに眼が慣れているからか、本来なら大箱と言える武道館がその瞬間に距離が狭まり、熱狂のライブハウスに感じてしまうからマジックだ。


    初期ビートルズの熱狂をリアルタイムで体験していないが、いきなりその熱狂を再現されたような錯覚に落ち入る。


    3曲目はセットリスト通りのAll My Lovingだが、初期の名曲だけに興奮に拍車がかかる。


    そして4曲目は何と「One After 909」。

    かなり意表を付き、しかも考えられた選曲である。

    発表は最後のアルバム「Let it Be」だが、デビュー前に作られお蔵入りになっていたもの。

    ポールのMCで「John」と言う言葉が聞こえたが「Johnと作った」と言うような意味だったのか?(或はJohnがリードボーカルだった)

    これも録音がAppleのルーフトップでライブなので、武道館という空間にぴったり。


    その後は通常のセットリストを少し武道館向きにいじりながらライブは進み、大きな山が18曲目に訪れる。

    ポールが「セカイハツコウカイ」とMCで紹介すると、いきなり始まったのは「HELP」に収録された「Another Girl」。

    自作のビートルズ曲はかなりマニアックなものまで拾って演奏しているポール。

    その代表がこのツアーでも披露されている「All Together Now」だろう。

    それにジョンやジョージの曲も拾っているから演奏されていないビートルズの曲は残りわずかだろう。

    しかもかなりの公演数を行っていた初期の曲で演奏してない曲があったとは‥。

    つまりポールはこの多忙なスケジュールの中(リンゴのロックの殿堂入りで演奏して、そのまま日本入り)、武道館でどんなサプライズをプレゼントするかを構想し、まだライブで演奏していない曲をリストアップし、このAnother Girlを発見しリハを重ねたのであろう。


    とにかく観客の中に様々な想いが去来し、それがこの曲が始まったとたんに弾けたと言う感じで武道館は熱狂に包まれる。

    また、この曲の構成がイントロ無しでいきなりポールの歌い出しで始まるから興奮には驚きが重なる。


    そして、この熱狂に畳み込むように暫くツアーでは演奏されていなかった「Got to Get You Into My Life」が続き、熱狂は沸点に。

    自分の席が一階だったため武道館を下から上迄見渡せることができたのだか、まさに武道館はライブハウスに。

    この数分間、ポールと観客が共有した時間は神が降りて来た「神時間」だった。


    当然殆どの観客は生のビートルズを観ていないのだが、この数分間は他の3人の存在を感じながらポールが演奏したかのように、ビートルズを疑似体験していた気がする。


    自分にとっては後半の演出されたペンライトはオマケでしかない。


    そして、アンコールでは大好きな後期のロックンロールナンバー「Birthday」が披露され、自分的な満足度はマックスとなった。

    つまり初期ビートルズ再現がテーマではなく、「ロックンロール・ビートルズ」がテーマなのかとその時にふと思った。

    (ヘビメタのヘルタースケルターがこの曲に変更されたというのが象徴的)


    値段が高い割には演奏時間が短い、とか色んな雑音があるが、ライブは一曲いくらでバラ売りするものではない。

    ひとつのパッケージとしてはどんだけの価値が各々にあるかだ。


    大きな価値はポールがここ武道館でやることに意義を見出しことで、そのために武道館独自のコンセプトに基づきオリジナルのセットリストを考えたことが素晴らしい。


    想像するに「武道館のライブハウス化」がポールが考えたコンセプトだったように思う。

    ドームで開催される巨大ロックショーと差別化したビートルズの初期のような観客と一体感を感じるロックンロール・ショー。

    これが彼の記憶の中の「武道館」なのかなと。


    そのために忘れられた初期曲「Another Girl」を引っぱり出し昔のように練習したんだろう。

    たった一曲ではなく、とてつもなく重い一曲。

    この武道館で「Another Girl」も神曲となった。


    《セットリスト》
    1. キャント・バイ・ミー・ラヴ(ビートルズ)
    2. セイヴ・アス(ソロ / 最新アルバム『NEW』より)
    3. オール・マイ・ラヴィング(ビートルズ)
    4. ワン・アフター・909(ビートルズ)※
    5. レット・ミー・ロール・イット(ウイングス)
    6. ペイパーバック・ライター(ビートルズ)
    7. マイ・ヴァレンタイン(ソロ)
    8. 1985年(ウイングス)
    9. 恋することのもどかしさ(ソロ)
    10. 夢の人(ビートルズ)
    11. アナザー・デイ(ソロ)
    12. ダンス・トゥナイト(ソロ)※
    13. 恋を抱きしめよう(ビートルズ)
    14. アンド・アイ・ラヴ・ハー(ビートルズ)
    15. ブラックバード(ビートルズ)
    16. NEW(ソロ / 最新アルバム『NEW』より)
    17. レディ・マドンナ(ビートルズ)
    18. アナザー・ガール(ビートルズ)★
    19. ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ(ビートルズ)※
    20. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト(ビートルズ)
    21. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(ビートルズ)
    22. バック・イン・ザ・U.S.S.R.(ビートルズ)
    23. レット・イット・ビー(ビートルズ)
    24. 007死ぬのは奴らだ(ウイングス)
    25. ヘイ・ジュード(ビートルズ)

    アンコール
    26. イエスタデイ(ビートルズ)
    27. バースデイ(ビートルズ)※
    28. ゴールデン・スランバー~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド(ビートルズ)






    【2015/03/24】

    本日は弊社の表彰制度について記載する。


    まず一昨年の2013年から開始した「PR賞」。

    半期に1回、よく練られて見事な「PR露出」を表彰するものである。

    各社員が自信のあるパブリシティ露出をエントリーし、社員全員の投票で1位を決めて大賞に現金10万円を支給するもの。


    弊社のPRは定額制で成功報酬ではないため、個々の露出自体は売上に直結していないため、メディアリレーションが得意な社員に不満がくすぶっていた。

    どちらかと言うと、利益に対して報いていた評価制度のため、PRでの露出と報酬が中々リンクしなかっため、思い切って営業的な側面を抜きにして純粋にPR露出を報いる仕組みを作ったわけだ。

    基本的には無料のものでペイドは対象外とした。


    第1回の受賞は媒体社への支払い無しでMOOK本を制作した以下の施策。

    https://www.ifca.or.jp/news/news94.html


    第2回は美容サロンの新聞露出と意外にも堅実な露出が評された。

    https://www.ifca.or.jp/blog/blog79.html


    第3回はAmazonの雑誌露出で六ヶ月連続掲載と言う所が評価に。

    この回は昨年の業績が良かったので、15万円に増額に。

    https://www.ifca.or.jp/blog/blog92.html


    第1回と第2回はPR会社出身の中途社員であったが、第3回は新卒入社した3年目の弊社純粋培養の社員が受賞した。

    繰り返すことで賞の価値も高まりエントリーも増えて来たし、PR力の底上げに寄与している、と自負している。


    他にもいくつか表彰制度があるので、またご紹介する。

    【2015/03/23】

    前週のCSNに引き続き、ウエストコースト・ロック系のライブを観た。

    3/13(金)、渋谷オーチャードホールで観たジャクソン・ブラウンのライブである。

    前週はクロスビーの仙人のような風貌とは裏腹の若々しい歌声に驚いたが、ジャクソンの変わらぬ体型と歌声にもまた驚いた。

    彼のライブは3回目、初めて観たのは初来日の1977年で神奈川県民ホール。

    ※因に2回目は1994年の「I'm Aliveツアー」で渋谷公会堂。

    高校生であった自分は生まれて初めての独りで観るライブ、当時住んでいた鎌倉から横浜迄ドキドキする気持ちで出掛けたわけである。
    他の観客は大人ばかり(と言っても大学生中心だと思うが自分には大人に見えた)で外人も多く大いに緊張した記憶がある。

    「The Pretender」のプロモートツアーのためオープニングは「The Fuse」と予想されたが、意外にも「Take It Easy」で観客のどよめきが思い出される。
    当時のジャクソンは既にビッグな存在となっていたイーグルスの一派として売り出されていたので、グレン・フライとの共作の「Take It Easy」は日本人向けの選曲ではあった。
    しかし、今の交友関係や立ち位置を吟味すると、前週ライブに飛び入りしたCSNとの関係が密接だった、と伺える。
    常に環境や原発等、アメリカや世界が抱える問題に意識を向けた音楽活動を行うジャクソンとCSNには大いに親和性を感じ、逆に若い頃に同世代として音楽的に協調したイーグルスとは今は疎遠になっている、と言う印象がある。

    特にNO NUKESを共に開催したグラハム・ナッシュ、デビュー時にヘルプしたデビッド・クロスビーとは特に今も昔も親密である。


    さて当日のライブであるが、4曲も観客のリクエストに応えるサービス振りで、今回のツアーでも演奏していなかった人気曲「Lafe for the Sky」のリクエストにも快く応え、会場は熱狂に包まれた。

    以下がセットリストだが、※がリクエスト曲。

    2015年3月13日 Bunkamura オーチャードホール公演 セットリスト
    Set One
    1. バリケーズ・オブ・ヘヴン(1996『ルッキング・イースト』収録)
    2. サムシング・ファイン(1972『ジャクソン・ブラウン』収録)
    3. ザ・ロング・ウェイ・アラウンド
    4. リーヴィング・ウィンズロー
    5. 青春の日々(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    6. レッド・ネック・フレンド(1973『フォー・エヴリマン』収録)※
    7. ウォールズ・アンド・ドアーズ ※
    8. アイム・アライヴ(1993『アイム・アライヴ』収録)
    9. ユー・ノウ・ザ・ナイト
    10. ダンサーに(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)

    Set Two
    11. ユア・ブライト・ベイビー・ブルース(1976『プリテンダー』収録)
    12. ジャマイカ・セイ・ユー・ウィル(1972『ジャクソン・ブラウン』収録)※
    13. イフ・アイ・クッド・ビー・エニホェア
    14. レイト・フォー・ザ・スカイ(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)※
    15. ウィッチ・サイド?
    16. スタンディング・イン・ザ・ブリーチ
    17. ルッキング・イースト(1996『ルッキング・イースト』収録)
    18. ザ・バーズ・オブ・セント・マークス
    19. ザ・レイト・ショー(1974『レイト・フォー・ザ・スカイ』収録)
    20. ドクター・マイ・アイズ(1972『ジャクソン・ブラウン・ファースト』収録)
    21. 孤独なランナー(1977『孤独なランナー』収録)

    Encore:
    22. テイク・イット・イージー(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    23. 泉の聖母(1973『フォー・エヴリマン』収録)
    24. アイ・アム・ア・パトリオット(1989『ワールド・イン・モーション』収録)

    この一部過剰なリクエストに対して、「ライブの流れを中断する」「観客の我が侭にジャクソンが応じ過ぎ」等の批判がネット上を賑わす論議となった。
    実は自分の観た前回も前々回もこのリクエストはライブで繰り返されているジャクソンのライブでは言わば名物。
    今迄リクエストをする多くは外国人で、とにかく「Lafe for the Sky」等の初期の名曲に集中していて、確かに鬱陶しい部分もあった。

    しかし、日本人もライブ慣れして来てリクエストのタイミングも良くなり、曲もいい感じでばらけていた印象で、ジャクソン本人も客とのやりとりをエンジョイしていた。
    例えばリクエストの二曲目は最新アルバムからの「Walls and doors」でしかも他人の曲で、初期の曲ばかりでもない。

    「人が良い」「お人好しに付け込む観客」という意見が多いが、これらが欠点としても長所・短所も含めたものがその人の人格で、ファンとしてはこれらを含めて彼の提供する舞台をエンジョイするくらいの度量が欲しい。
    因に自分は「Lafe for the Skyが聴けて得した!」と思ったけど、一番印象深ったのは最新作の「The Birds of St. Marks」である。

    ジャクソン曰く「最高のバンド」と評価される今回のツアーメンバー。

    特にグレッグ・リース、ヴァル・マッカラムとジャクソンを含むトリプルギターが素晴らしく、3人のギタリストというウエストコースト・ロックの系譜を彷彿させる。

    長身のヴァル・マッカラムの実父は俳優のデビッド・マッカラムで継父はチャールズ・ブロンソンと言う、映画「大脱走」に出演した役者を親族に持つ、というからそれだけで僕ら世代の感性をくすぐる。
    そして、ペダルスティール等をマルチにこなすグレッグ・リースは、過去デビッド・リンドレー等が魅せた名演をなぞりながら、進化させて聴かせてくれる。

    この最新曲「The Birds of St. Marks」は60年代に作曲家だったジャクソンがバーズに捧げたが採用されなかった未発表曲だそうで、リースの12弦ギターの響きがバーズを彷彿とさせ、マッカラムとの後半のギターバトルは素晴らしい聴きものとなった。

    どちらかと言うとジャクソン・ブラウンはシンガーソングライターという枠組みで語られる。
    勿論、詩も曲も歌声も素晴らしい。
    しかし、彼を他の同種の音楽家と差別化させているのは「サウンド・プロダクション」も含むプロデュース能力なのだなとつくづくと思う。

    初期の「The Pretender」の録音でプロデーサーのジョン・ランドウーから「ドラム・サウンドを学んだ」という彼だが、その通りでこのアルバムで演奏するジム・ゴードン、ラス・カンケル、ジェフ・ポーカロという三人のドラマーのプレイの素晴らしい事。
    特に若き日の今は亡きポーカロが聴かせるタイトル曲での最高の歌伴ドラムは絶品。
    そして、同曲で聴けるクロスビー&ナッシュのコーラスもまた素晴らしい。
    このアルバムでは、ローウェル・ジョージ(リトルフィート)、ジョン・ホール(オーリアンズ)、デビッド・リンドレーと言ったロック界の至宝ギタリストを贅沢にキャスティングしている。

    自分は思うのだが、スティーリーダンの「Aja」がセッションミュージシャンの適材適所の東の横綱なら、西の横綱はこの「The Pretender」だと。

    長年鍛えられた彼の音へのこだわりを至る所に感じたこのライブである。
    まさに「ジャクソン・ブラウン・バンド」ここにあり、と強く感じた。


    勿論、東京でのライブの最中に3.11を迎えたこのツアーでの彼が発するメッセージは素晴らしいものだった。


    「海はプラスチックのゴミだらけ、放射能汚染水は平気でたれ流し、グリーンランドの氷壁は溶け続ける。貧しい者と富める者の格差は広がり続け、抗議の声をあげれば要注意マーク。僕なんかいつ消えても不思議じゃないよ。でも、どんなに遠回りになっても、あの愛と平和の理想を僕らは探していかなきゃね。」

    http://www.asahi.com/and_M/interest/SDI2015031192101.html

    【2015/03/09】

    3月6日(金)、東京国際フォーラムでCSNのライブを観た。


    CSNの正式名は「クロスビー、スティルス&ナッシュ」、元バーズのデヴィッド・クロスビー、元ホリーズのグラハム・ナッシュ、元バッファロー・スプリングフィールドのスティーブン・スティルスとそれぞれ人気グループにいた3人が1969年に結成したグループ。

    その後に70年にニール・ヤングが加入してCSN&Yとなり、人気が爆発する。

    「ウッドストック」という曲も歌い、この歴史的なイベントにもメインアクトとして出演したこの時代を象徴するスーパーグループである。


    CSNとしての来日は20年振りらしいが、その時はバンド無しのアコースティック・ライブで、自分もNHKホールに足を運んだ記憶がある。

    生ギターとコーラスだけで、バンド並みの迫力を表現することに驚嘆した。


    69年のデビュー当時、このグループの中核は、歌にコーラスさらに作曲以外にもリードギターやキーボード、ベースをこなすマルチ・プレーヤーのスティルスの音作りの緻密さと演奏力の凄さにあり、彼がビートルズで言えばポール・マッカートニーのような立場でレコーディングを主導した。

    そうして出来上がったのが、デビュー作とCSNYとしての「Déjà Vu」だった。

    前回の来日で最も注目されたのはスティルス。

    クラブブームが盛上がる中、フリーソウルのコンピにも選ばれたソロ一作目の「LOVE THE ONE YOU'RE WITH」やマナサスの再評価等で所謂、通受けしていたのだが、確かにスティルスのサウンドプロダクションの創造性は凄かった。


    もう一つの魅力は、3人によるどれが主旋律かも分からないコーラス・ワーク。

    そこで活躍したのが高音域のグラハム・ナッシュ。

    ホリーズと言うイギリスのポップグループにいたナッシュはメロディメーカーとして、グループの大衆化に貢献した。

    "Teach Your Children" 、"Just A Song Before I Go" 、"Wasted on the Way"等、多くのグループのヒット曲は彼によるものである。


    そして、デヴィッド・クロスビー。

    自分にとって彼の存在は長らく謎だった。

    若い頃は難解な彼のメロディと変則チューニングを駆使した不思議なコード進行に付いて行けなかった。

    そして、80年代にはドラッグの影響で入退院を繰り返し85年には刑務所生活を送っており、ほぼセミリタイヤ状態だったため増々印象は薄い。

    それが1995年に肝移植手術した辺りから徐々に復活して来たと言う。

    確かに80年代の彼はボンヤリとした感じでステージでの表情も危うい感じだった。


    しかし、若い頃には理解が出来なかった"Déjà Vu"や"Guinnevere"等の彼の作品が、今聴くととても魅力的に感じるから時の流れはマジックだ。


    彼のソロ第一作「If I Could Only Remember My Name」(1971)もこの流れで再評価されているようだ。
    メロディのないスキャット中心のような曲もある不思議なアルバムだが、彼が影響を受けたジャズの香りに満ちた「アシッド感覚」は今の時代にも新しく響く。

    2014年にも「Croz」という久々のソロ盤を発売し、チャート30位台迄上昇したようだ。



    そして迎えたライブだが、もうこれは素晴らしいとしか言いようのないものだった。

    全員が70歳を超えているのだが、ありがちな昔の曲を羅列した懐古調ではなく、現役感たっぷりの現在進行形のバンドサウンドだった。

    60年代、70年代のCSN(Y)の音楽の持っていた熱と創造力がいかに本物であったか、そしてそれらは時を経ても色褪せずに年輪と共に進化し熟成していたのだった。


    体調に不良箇所があるスティルスはさすがに怠そうで声の出も音程も不確かだったが、ギターを持たせると昔のヤングとのギターバトルを思い出すような強烈なフレーズを叩き出す。

    バンドサウンドになると彼がリーダーとして輝き出す。

    ただ「WOODEN SHIPS」の彼のパートをナッシュに任せたり、彼の代表曲「青い眼のジュディ」をやらなかったり、声の衰えは隠せない。


    多くのラジオ出演をスポークスマンとしてこなした「唯一のいい人」ナッシュは、元気そのものでライブを仕切りまくり、衰えない高音域でコーラスの核となる。

    そして、未だ現役のソングライターとして新曲も披露する。

    彼と言う触媒なくしてCSNの存続はなかったろう。


    だが、今回のライブの主役は80年代には命の存在すら危うかったクロスビーだった。

    前半の"Long Time Gone"から元気全開で、後半の"Almost Cut My Hair"でそのパワーが爆発する。高音域も声量は衰えず、最近発売された1974年のCSNYライブバージョンよりも明らかにパワーアップしている。

    今もこの"Almost Cut My Hair"が頭の中を響き渡る。

    また、新曲二曲と"Guinnevere"で構成した彼のソロパートがまだ良かった。

    新曲は相変わらずの不思議全開なコード進行だがなぜか惹き付けられるこの魅力は何だろう。

    そしてナッシュと2人で演奏する"Guinnevere"の誰もが真似出来ない、彼等の世界観に圧倒された。

    よっぽど元気な人の肝臓を移植したのかね、と思う程80年代の彼とは別人そのもの。

    いや、60年代、70年代の彼よりも全てが進化していた。


    それから、前半に披露されたクロスビーの代表曲"Déjà Vu"のバンド演奏と彼のアコギの素晴らしかったこと。

    元々ジャズテイストでサイケデリック風味のスキャットを多用した彼特有の「変な曲」だったが、さらに今風に進化してバンドメンバーの素晴らしいソロパートも加わり感動的な曲に変貌していた。

    実は"Déjà Vu"は70年代以降のプログレバンドにも大いにリスペクトを受けているのは、大いに理解出来る。


    余談だが、彼のTwitterをフォローしているのだが、来日中、もの凄い勢いでツィートしているのだ。下らないファンの質問にも、いちいち楽しむように答えている。

    https://twitter.com/thedavidcrosby


    声だけでなく新しいITという武器を駆使して、脳内迄進化しているのだろうか。


    試しに自分もメッセージを送ってみたのだが、4通目にして返事が来た。

    「ジャクソン・ブラウンのデビューに尽力したのですか?」

    Today I read the book of Jackson Browne .He said that you supported him for his debut.this is amazing!Do you like him still?

    David Crosby

    「うんサポートしたし、信じた。彼は良い男で良いアーティストだ」と答えてくれた。
    yes I support and believe in Jackson
    He is a good man and a fine artist「


    ちなみに、来週はジャクソン・ブラウンのライブが東京である。

    自分が見た前日には、飛び入りしてナッシュと共演したそうである。


    ステージのクロスビーは変わり者キャラ全開だが、後輩のジャクソンのデビューにとても尽力したそうで、ジャクソン自身もロックの殿堂入りのスピーチでクロスビーに対して感謝の言葉を述べている。


    ドラッグに溺れていたクロスビーを献身的にサポートしたナッシュと言い、ウエストコーストロックのコミュニティは「助け合い」の精神に溢れている。


    今回のライブでも歌われたクロスビーの「Delta」は、ドラッグに苦しむクロスビーをジャクソンがピアノの横で励ましながら仕上げた曲だ。


    クロスビーの大復活を観て、改めて60年代後半から70年代にかけて一世を風靡したウエストコーストロックの表層ではない人脈の深みを見た思いだ。


    追伸

    この翌々日、三越のカルチャアセンターで開催されたピーター・バラカン氏の「我が青春のサウンドトラック」という講演会に参加して来た。

    シャドウズからビートルズ、ストーンズ、ディランと彼が思春期に聴いて来た音楽をアナログ盤で紹介するイベントだが、定番的な前半から後半は彼の趣味趣味的なセレクトになる。

    ジョージ・フェイム、ポール・バターフィールド、バート・ヤンシュと来て、最後の一枚はなんとクロスビーの「If I Could Only Remember My Name」からMusic is Love。

    バックステージで弟のミック・バラカン氏(CSNのツアーギタリスト/芸名;シェーン・フォテーヌ)からクロスビーを紹介されて、このアルバムについて語り合ったらしい。

    多くのゲスト達と即興的に作り上げたこのアルバムはある意味でとても難解だが、一度はまると虜になってしまう魅力満載だ。

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