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表参道沿いの表参道ヒルズの目の前という好立地を活かしたPR活動を展開。アパレル、ジュエリー、シューズ、バッグからスポーツブランド、時計、デジタル機器まで幅広い国内外のブランドを展示し、来場するスタイリストや編集者へのお貸出しを行っています。

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曽原 健
(PA Communication代表)
経歴

立教大学社会学部社会学科卒。
1995年外資系代理店マッキャンエリクソンを退社して独立。90年代後半G-SHOCKブームの牽引車として活躍し、2004年ファッションブランドのPRを行うifca showroomを表参道に開設。
現在、ファッションブランドやスポーツブランドに特化したPR会社で数多くのPR戦略を指揮する。

PR&ブランディング実績ブランド

G-SHOCK、ASICS、Amazon、FOREVER21 and more

趣味

ダイビング、歴史小説、DJイベント、城廻り

出身

東京生まれ 鎌倉育ち

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    【2015/01/22】


    2.フィルモア・イースト・ライヴ(原題:At Fillmore East)

       /オールマン・ブラザース・バンド(The Allman Brothers Band)


    昨年見た映画のベスト1は間違いなく「黄金のメロディ マッスル・ショールズ」だろう。

    1950年代後半から1960年代、人種差別が根強いその時代に黒人歌手のバックを白人ミュージシャンが務めることはタブーだった。

    そのタブーに挑戦した「マッスルショールズ」にあった「フェイム・スタジオ」が映画の舞台。そこに登場するストーンズのミックやキース、アレサ・フランクリン等、キラ星のような有名アーティスト達がそのスタジオの伝説について語ってくれる。

    証言者の1人としてオールマン・ブラザーズ・バンドのグレッグ・オールマンが登場し、彼の口から、バンド結成前このスタジオでギタリストとして働いていた兄のデュアンについての興味津々の逸話が語られる。

    黒人以上に危ないヤツとして恐れられた「ヒッピー」のデュアン・オールマンは、ウィルソン・ピケット等の黒人歌手のバックで数々の名演をモノにする。


    デュアンの得意とするスライド奏法は、ウィスキーボトルの細い首の部分で弦を滑らせ独特な音色を奏でた所から「ボトルネック・ギター」とも呼ばれ、一世を風靡した。

    不世出のスライド・ギタリスト、デュアン・オールマンの唸るようなギタープレイが堪能出来るのが1971年発売のライブアルバム「フィルモア・イースト・ライヴ」(オールマン・ブラザース・バンド)である。

    2014年自分はこのライブアルバムを始め、このバンドのCDを聴きまくった。



    デュアンとグレッグのオールマン兄弟を中心にツインギター、ツインドラム、ベース、キーボードと言う編成で結成されたオールマン・ブラザーズ・バンド(ABB)。

    一枚目、二枚目とセールス的に振るわず、勝負をかけたこの三枚目は敢えてライブアルバム二枚組となった。

    このアルバム発売直前にはデュアンはエリック・クラプトンの結成した「デレク&ドミノス」に参加し、腕と名声を上げての満を持してのライブとなった。


    起死回生の一作が見事に当たり、ABBはロック史に名を残すことになる。

    後にフォローは産み出したこのバンドスタイルは「サザン・ロック」と呼ばれ、かのサザン・オールスターズもこのサザンから命名されている。

    あの桑田氏もディアンの得意するスライドギターをステージでたまに披露しているのは、その名残か。


    二枚組ながらたった7曲。
    20分を超す曲等、リスナーは延々とバンドのアドリブ演奏を聴かされるが、退屈することはなく、全面に溢れる緊張感は尋常ではない。

    スライドギター史上、最高の名演と言われるデュアンのフレーズの数々。
    白人ながら黒人並みの喉を聴かせるグレッグのボーカル。
    ツインドラムによる不規則で独特のダイナミズムを持つリズム。

    ブルースカバーが多いので「ブルースロック」とも形容されるが、ジャズの影響も強く、
    次代のクロスオーバーやフュージョンも先取りしており、一筋縄では行かない演奏力である。

    ブルースの野性的な熱さとジャズ的なクールさのブレンドが強烈なオリジナリティとなり、延々と続くインプロビゼーションだが一時も耳を離せない。

    これが20代前半の若者達の演奏だと思うと身震いさえする。

    白眉はセカンドギタリストのディッキー・ベッツ作のインストゥルメンタル「エリザベス・リードの追憶」である。

    歌無しで延々と続く即興演奏だが、気持ちが途切れること無く10分以上創造力を駆使した6人の若者の演奏には本当に驚く。

    技術が発達した現代ではここ迄の演奏技術に自分を高めるのは凡そ不可能であろう。


    ふとバラカンモーニングで耳にしたデビュー盤収録の「Dreams」からABBの虜になってしまい、遂に去年発売された6枚組の「フィルモア・イースト」でのライブの全レコーディングを収録した12,000円のボックスセットまで購入してしまった。
    当然、同じ曲での演奏日違い等が含まれているのだが、このバンドに関しては全ての演奏を聴き比べる価値がある程、ステージでの演奏力は卓越している。

    ドラマーのジェイモは「フィルモアのステージで体外離脱体験をした」と語っている。
    この時の彼等は神がかっていた、それをビシビシと感じるロックライブ盤史上、不朽の名作である。


    残念ながら、この数ヶ月後、デュアンはオートバイ事故で短い一生を閉じることになる。

    それも含めて伝説的な瞬間の積み重ねがこの記録には封印されている。


    ローリングストーン誌の「歴代最高のライヴアルバム TOP10」では2位にランクしている。

    http://matome.naver.jp/odai/2135359349280262501

    【2015/01/21】


    昨年(2014年)に良く聴いた愛聴盤を紹介。

    新譜ではなく、あくまで自分が気分で良く聴いたアルバム。


    1.Rumours(噂)  Fleetwood Mac

    1977年にリリースされ、グラミー賞の最優秀アルバムも獲得した。
    そして、何と言っても凄いのがセールス。
    累計4000万枚で世界で最も売れたアルバムで第4位というから凄い。
    因に1位はマイケルの「スリラー」、2位はピンクフロイドの「狂気」。



    なぜ、自分が昨年このアルバムにはまったか。。

    Fleetwood Macはこれほどビッグな存在ながら、日本での人気は今ひとつ。

    当時このアルバムを自分が購入することも無かった。


    最近の自分の音楽の情報源はピーター・バラカン氏。

    今は無き「バラカン・モーニング」である朝かかる曲に気付き、特定のアーティストに

    はまっていくことが多かったのが昨年。


    この日は元Fleetwood Macのボブ・ウェルチの「悲しい女」がかかった。

    Fleetwood Macの不遇時代を支えたボブ・ウェルチだが、ソロになってヒットを飛ばす。

    その第一弾がMac時代のリメイクとなる「悲しい女」。

    この曲にはMac時代の旧友ミック・フリートウッドとクリスティン・マクヴィーが参加。

    このクリスティン・マクヴィーのバックボーカルに魅せられ、Fleetwood Mac熱に火が付いたのだった。


    Fleetwood Macの3人のボーカリストの中でも以前は最も関心の薄かったクリスティンの

    靄がかかったようなスモーキーボイスにこの年齢になり魅せられた。


    その白眉が「Rumours」に収録された「You Make Loving Fun」。

    シングルヒットしたこの曲が自分にとってもフェバリット・ソング。

    曲も最高だし、アレンジも良い。

    クリスティンの弾く違和感のあるクラビネット、臨調感のあるバッキンガムのギター。

    3ボーカルならではのコーラスで畳み掛ける。


    単に売れたポップ・ロック。

    そんな印象のMacの「Rumours」だが、音の深みと計算尽くしの構成は知れば知る程、

    なぜこのグループがここ迄長続きしたのかを想像させる。


    そうこうする内に録音過程が分かるレア音源とライブ入りの「Rumours (35th Anniversary Edition Super Deluxe)」と言うボックスセットを買ってしまった。

    さらに録音の裏話満載のDVDまで購入。

    ここでは、クリスティンとジョン・マクヴィー夫妻とリンジー・バッキンガムとスティービー・ニックスの恋人同士の2つのカップルの破綻と同時進行で作られたアルバムであることが赤裸々に語られる。

    私怨を捨てて、プロフェッショナルに徹したメンバーが緻密に研ぎすまされたポップ・ロックの最高峰を産み出す。

    解散寸前に渾身の創造性を絞り出したビートルズの名作「アビーロード」に比肩する傑作だと思うように昨年になり至った。


    この後はニックスとバッキンガム加入以前のMacまで買い漁る程、数ヶ月Macに没入した。

    数10年を経て今は無きボブ・ウェルチが主力メンバーだったMacに辿り着いたわけだ。


    「クリスタルの謎」と言う奇妙な邦題の「heroes are hard to find」。

    ミック・フリートウッドとジョン・マクヴィーのオリジナルメンバーとウエルチ、クリスティンの2人のボーカリストと言う最小人数で作られた紀元前のMacのアルバム。

    そこそこのセールスながら次が凄過ぎて、存在自体が超地味だが名作である。


    i Tunesでも配信されていないこのアルバム。

    クリスティンの一世一代のバラード「Come a little bit closer」。

    https://www.youtube.com/watch?v=nclZKBysaRc


    埋もれてしまうのは勿体ない名曲。名盤。

    【2015/01/14】

    2014年は弊社PA Communicationとして大いに伸長した年度だった。


    売上で12%、利益で22%の伸長率で、達成額も売上、利益共に過去最高の数値である。

    ここ数年は売上、利益共に順調に伸長している。


    新規では米国本社と直取引でFOREVER21を獲得したことも、この成長に寄与した。

    その他、チチカカ、花菱、GRI Japan、ビヨンクール、ATSUGI等多くの良質なブランドを

    保有する新規取引先を開拓した。


    さらに、ファッション以外の企業として「カフェカンパニー」との新規取引が開始され、WIRED CAFE等のコンサルとPRの担当をすることになった。


    ファッション専門のPRエージェンシーから、ライフスタイルに特化したPRエージェンシーへの脱皮が促進されている。


    社員も残念ながら離職した人間もいるが、強力な新戦力が加わった。

    新卒が二名、キャリアではPR会社から2名、大手アパレルの広報経験者が1名加わる等、

    強力な布陣となった。

    年末には外資広告会社から男性が1名、年初にはアメリカ人が1名が加わり、グローバルなワークにも対応できる布陣だ。


    個人的には2014年末に鎌倉から港区に引っ越した。


    勿論、通勤苦からの脱却がある。(往復4時間の通勤)


    それ以上に鎌倉市の行政に対する諦めもある。


    逗子市が海の家条例を改正し、音楽、飲酒等での取締が強化され、所謂「海の家のクラブ化」が不可能となった。

    そのため「海浜でクラブのように遊興したい若者」がその反動で大挙して鎌倉に流入し、一気に治安が悪化した。

    例えばライブハウス「音霊」が逗子から由比ガ浜に移転した。


    裸体の若者は「裸族」と呼ばれ、我が物顔で近隣を闊歩する。

    夜は酒に乱れた男女がコンビニ前でたむろし、歌舞伎町と何ら変わらない風景。


    何度か鎌倉市役所に苦情を申し立てたが改善の兆しは無い。


    行政は住民の安寧した生活よりも観光客や市外の海の家業者の権益を重視したのである。


    こんな市に市民として税金は払いたくない、というのが主たる移転理由だ。

    【2014/11/20】

    ファッションを中心としたPR会社の弊社がAmazonのPRをしている、と言うと「えっ?」と

    不思議がる方も多いようです。

    そうです、あの日本でも世界でも最大級のショッピングサイト「Amazon」のPRを担当させて

    いただいているんです。


    始まりはは2009年5月。

    amazon.co.jpが運営する鞄・靴サイト「Javari.jp」のPRという形でお付き合いを開始。


    Javariで販売しているブランドのサンプルをifca showroomで展示し、雑誌掲載を促しクレジットという形でJavariの名前を頻出させて知名度アップに役立てました。

    そのお陰でifca showroomは靴に強いshowroomとして有名になりました。

    今でもNINE WESTやTres Tres等、靴のブランドは豊富です。


    そして、2012年11月に目黒に移転したAmazonの本社一階に「Amazonファッション プレスルーム」が堂々オープン。

    その運営を弊社が手掛けることになったのです。


    今では弊社スタッフ2名が常駐しリース業務、広報業務を代行しています。


    その他でも様々なファッション誌とAmazonとのコラボの仲立ち。

    そして、最近は広報業務のみならず、広告・マーケティング業務迄幅広く貢献させていただいています。


    昨日はそのプレスルームでの展示会の初日。

    こちらも弊社社員が運営しています。



    広報部長と歓談しました。

    この人、2009年当時は広報部を1人で切り盛りしてました。


    5年経過し、今や広報部も大所帯と成りました。


    ネット企業の伸長は著しいものがあります。



    【2014/09/08】


    9/6(土) 雑誌VOGUEによる「FASHION’S NIGHT OUT」(FNO)が開催された。


    FNOは『VOGUE』を発行する国々が団結し、「ファッション業界の活性化」を目的として行う世界最大級のショッピング・イベントだと言う。

    東京では、表参道・青山・原宿エリアのショップを中心に数年前から開催しており、年々参加店も増えているようだ。


    公式サイトによれば

    『今年で6回目を迎える「VOGUE FASHION’S NIGHT OUT(FNO)」が開催!FNOは、US版「VOGUE」の編集長アナ・ウィンターの呼びかけで2009年にスタート。「VOGUE」を発行する国が一致団結し、経済活動をファッションの力で盛り上げることを目的とした、世界最大級のショッピング・イベントです。』

    と言うことだが、単なるお祭りではなく「経済活動」への寄与を掲げた所が素晴らしく継続の要因となっているのは間違いない。


    弊社もまさにこのイベントのエリアの核である表参道ヒルズの真向かいにあり、年々盛上がるその様を目の当たりにして来た。


    今年はFOREVER21、kiplingと弊社の得意先も参加することもあり、担当社員はその企画や運営に数日前より多忙で、当日も出勤となったようだ。


    早速kiplingの様子はネットで掲載されていた。

    http://tokyofrontline.com/archives/24405


    発案者はアナ・ウィンター。

    最近では洋服の購入経費が2000万円まで容認されている税務署もビックリという記事がアップされて、話題になっていた。


    ファッション好きならアナの名前は多くの人が良く知ってるはずだが、知らない人は是非この映画を観て欲しい。


    2006年公開の『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada)。

    アナと思しき役を演じたのはメリル・ストリープ。

    2011年公開の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で、アカデミー主演女優賞を受賞したが、こちらの方が妥当だった気もする。


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